灰色の斥候
その夜、村は寝なかった。
カイルがもたらした情報は、単純で、そして厳しかった。
「帝国の先鋒は、二千だ」
彼は広場の焚き火の前で、地面に線を引いた。
「街道を南下して、宿場町を落とす。宿場町を落としたら、次は領都だ」
彼は言った。
「この村は、街道から谷ひとつ入ってる。本隊は素通りする可能性が高い」
「じゃあ」 「だが、斥候は来る」
カイルは言った。
「二千の軍は、街道の左右五里を必ず調べる。谷に百四十人と食料があると知られたら――」
彼は言った。
「本隊の一部が、必ず来る」
■
「じゃあ、隠しましょう」
ミカが言った。
「煙を止めて、灯りを消して、谷の入口を塞ぐ」
「無理だ」
ドルグが首を振った。
「百四十人の匂いは消せん。それに、井戸がある。斥候は水場を必ず探す」
「――待ってください」
ソナが手を挙げた。
彼女は耳覆いを外していた。
「音は、消せる」
彼女は言った。
「わたし、板を作れる。音を吸う板」
彼女は言った。
「谷の入口の岩に、板を並べる。そしたら、谷の中の音が外に出にくくなる」
彼女は言った。
「あと、匂いは――風を読めばいい」
ソナは空を見上げた。
「この谷、朝は下から風が吹いて、夕方は上から吹く。夕方に炊事をすれば、匂いは山のほうに行く」
ドルグが、目を見開いた。
「――娘っ子」 「なに」 「お前、それ、四年で覚えたのか」
ソナは首を傾げた。
「四年、そればっかり聞いてたから」
■
三日目の夜、ソナが飛び起きた。
「――来た」
彼女は言った。
「谷の入口。三つ。馬じゃない。歩いてる」
俺たちは灯りを消した。
百四十二人が、息を殺した。
ドルグとフランが、九人の兵を谷の斜面に配置した。
俺は、エルを抜いて、岩陰に伏せた。
――足音が、聞こえてきた。
規則正しい足音だった。
三人ぶんの足音が、まったく同じ間隔で鳴っていた。
人間の足音ではなかった。
俺の隣で、ゼロが言った。
「――同型機です」
彼女の声は、平坦だった。
平坦すぎた。
「駆動音の周期、毎分七十二。私と同一です」
彼女は言った。
「ただし、雑音がありません。私の駆動音には、五十年ぶんの摩耗があります」
ゼロは言った。
「あれは、新品です」
■
月明かりの下に、三体が現れた。
人の形をしていた。
背丈は人間と同じくらいで、灰色の外套を着ていて、顔は――のっぺりしていた。
目も鼻も口もない、灰色の面だった。
三体は谷の入口で立ち止まって、同時に首を回した。
左、正面、右。
まったく同じ角度で、同じ速度で。
「……ゼロ」
俺は小声で聞いた。
「あれ、何を見てるんですか」 「わかりません」
彼女は答えた。
「私には、あの型式の情報がありません」
彼女は言った。
「ですが、ひとつ、わかることがあります」
ゼロは言った。
「――顔がありません」
彼女は言った。
「五十年前の型には、顔がありました。私にも、顔があります」
彼女は言った。
「顔は、機能上、不要です。不要なものを削ぐと、ああなります」
■
三体は、十分ほど谷の入口に立っていた。
そして、同時に向きを変えて、街道のほうへ戻っていった。
足音が消えたあと、誰も動けなかった。
最初に動いたのは、ソナだった。
彼女は震えていた。
「――ノア」
彼女は言った。
「あれ、しずかじゃない」
彼女は耳覆いを両手で押さえていた。
「音は一本もないの。心臓の音も、息の音もないの。ゼロと同じ」
彼女は言った。
「でも、しずかじゃない」
ソナは俺を見上げた。
「なんて言えばいいかわかんないけど、あれ、なんにも欲しがってない」
彼女は言った。
「ゼロは、欲しがってる。ずっと欲しがってる。だからしずかでも、そこにいるってわかる」
彼女は言った。
「あれ、そこにいない」




