最初の三十七人
難民が来たのは、九日後だった。
最初は三人だった。
街道を歩いてきた家族で、荷物は背負い袋ひとつだった。母親が赤ん坊を抱いていて、父親が井戸の前で膝をついた。
「水を」
俺たちは水をやった。
次の日、十一人が来た。
その次の日、二十三人が来た。
三日で三十七人になった。
「ノアさん」
リディアが帳簿を持って走ってきた。
「食料の計算が変わりました」
彼女は数字を見せた。
「村の備蓄は、十三人で春まで持つ量です。三十七人が加わると、五十人。備蓄は――四十日で尽きます」
彼女は言った。
「そして、街道の様子から見て、これから来る人数は、この三倍以上です」
俺は数字を見た。
「――百五十人」 「はい」
リディアは言った。
「百五十人が来たら、備蓄は十二日で尽きます」
彼女は帳簿を閉じた。
「ノアさん。ここで決めなければなりません」
彼女の声は、いつもより硬かった。
「受け入れるか、断るか」
■
俺は井戸端に座って、三十七人を見ていた。
彼らは村の外れに固まっていた。誰も家に入ろうとしなかった。入っていいと言われていないからだ。
子供が泣いていて、母親がそれを黙らせようとしていた。泣き声で追い出されると思っているのだ。
俺は、三年前のことを考えていた。
迷宮の三十二階層で、俺は荷物を分けられた。食料は三日分。地図なし、薬なし。
あのとき、俺は揉めなかった。揉めたら誰かが死ぬと思ったからだ。
――今、俺は分ける側にいる。
「ノアさん」
ティナが隣に座った。
「わたし、数えました」
彼女は言った。
「三十七人のうち、怪我人が九人、熱がある人が四人、妊婦さんが一人です」
彼女は言った。
「あと、包帯を持ってる人が、二人いました」
俺は顔を上げた。
「え?」 「巡行のときの手引き、持ってました」
ティナは言った。
「東の館で配ったやつです。二人とも、あそこの村の人でした」
彼女は言った。
「巻き方、覚えてました」
■
俺は立ち上がった。
三十七人のところへ歩いていった。
全員が身構えた。追い出されると思ったのだ。
「――名前を、教えてください」
俺は言った。
誰も答えなかった。
俺は帳面を開いた。
「一人ずつ、名前と、前にいた村と、できることを教えてください」
俺は言った。
「書きます」
最初に口を開いたのは、包帯を持っていた男だった。
「……ガルド村の、ハインツです」
彼は言った。
「畑をやってました。あと、包帯が巻けます」
俺は書いた。
次の人が名乗った。次の人も名乗った。
三十七人を書き終えるのに、二時間かかった。
書き終えたとき、俺は帳面を掲げて言った。
「三十七人、全員書きました」
俺は言った。
「うちの村の備蓄は、五十人で四十日ぶんです。これから人が増えれば、もっと短くなります」
俺は正直に言った。
「たぶん、足りません」
三十七人が、黙っていた。
「だから、増やします」
俺は言った。
「畑があります。今から蒔いても、冬野菜なら間に合います。廃坑があります。黒炭を掘れば、宿場町で食料と換えられます。空き家が四軒あります。潰した材木があります」
俺は言った。
「全員、働いてください」
俺は言った。
「働けない人は、働ける人が食わせます。それでも足りなくなったら、そのときはそのときで考えます」
誰かが、聞いた。
「――追い出さないんですか」
俺は答えた。
「追い出しません」
俺は言った。
「うちの村、全員、どこかで一度、要らないって言われた人間です」
■
その日から、村は膨らみはじめた。
十日で八十人になった。二十日で百四十人になった。
空き家は三日で埋まった。
ロブとミカが指揮して、潰した四軒の材木で、長屋を三棟建てた。ソナが壁に音の板を張った。板が足りなくなって、彼女は難民の中から手の器用な者を五人選んで、板の作り方を教えた。
ティナは施療所を開いた。
セリアが手引きを二百枚写して、読める者に配った。
三日目には、難民の中から手当てができる者が十二人出た。
リディアは帳簿を三冊に増やした。
食料の帳簿、人の帳簿、そして――借りの帳簿。
「借り、ですか」
俺が聞くと、彼女は言った。
「今、私たちは百四十人に食わせています。これは施しではありません」
彼女は言った。
「全部、記録します。誰に何を渡したか。いつか、返せる人が返せばいい」
彼女は眼鏡を押し上げた。
「施しは人を腐らせます。借りは、人を立たせます」
■
二十七日目、備蓄が半分を切った。
俺はその夜、一人で廃坑へ登った。
黒炭を掘るためではない。考えるためだった。
坑道の入口に座って、谷を見下ろすと、村に灯りが並んでいた。
一年半前、この谷には灯りがひとつもなかった。
「――ノア」
鞘の中から、エルの声がした。
「怖いか」 「怖いです」
俺は正直に答えた。
「百四十人ぶんの飯の当てが、ないので」
俺は膝を抱えた。
「拾うのは、簡単なんです。拾ったあと、食わせるのが難しい」
エルは、しばらく黙っていた。
「――ノア」
彼女は言った。
「三百年前、勇者ロランドの後ろには、四千人がいた」
彼女は言った。
「あやつは、その四千人を食わせられなかった。魔王を早く倒さねば、味方が飢えて崩れる。だから急いだ」
エルは言った。
「そして、心臓を貫く直前で、怯んだ」
彼女の声が低くなった。
「私は三百年、あやつを馬鹿だと思っていた」
彼女は言った。
「今は、少しだけわかる」




