街道沿い
手紙を読み上げたのは、リディアだった。
村の広場に二十二人が集まって、誰も座らなかった。
「――帝国が動いた。国境の三つの砦が落ちた」
彼女が読み終えると、しばらく誰も口をきかなかった。
最初に喋ったのはカル爺さんだった。
「三つ落ちたなら、四つ目も落ちる」
老人は荷車の上から言った。
「わしは若い頃、前の戦を見た。砦ってのは、一つ落ちると連鎖する。守り手が『次も落ちる』と思うからだ」
彼は俺を見た。
「小僧。ここは、国境から何日だ」
リディアが即答した。
「街道を通って、騎馬で六日。歩兵で十二日です」
「十二日か」
カル爺さんは目を閉じた。
「――逃げるなら、今だな」
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「逃げましょう」
最初にそう言ったのは、意外にもドルグだった。
「俺は騎士団にいた。戦の前に何が起きるかは知ってる」
彼は言った。
「まず難民が来る。次に敗残兵が来る。その次に、味方の軍が来て、食い物を全部持っていく」
ドルグは村を見回した。
「そして最後に、敵が来る」
彼は言った。
「街道沿いってのは、そういう場所だ」
「どこへ逃げますか」
リディアが聞いた。
「西だ。街道から離れて、山を二つ越えれば」 「二十二人で、ですか」
彼女は帳簿を開いた。
「カルさんは歩けません。ミルクさんは肺をやられています。子供が六人、老人が四人。冬が近い」
彼女は言った。
「山越えの途中で、何人か死にます」
ドルグが黙った。
「そして、逃げた先に村はありません。空き家もありません。冬を越す食料もありません」
リディアは言った。
「私たちが冬を越せるのは、ここだけです」
■
俺は、村を見ていた。
畑がある。井戸がある。水車が回っている。鍛冶場から煙が出ている。ソナが張った音の板の白い木肌が、家の壁で光っている。
全部、拾ったものだ。
一年半かけて拾って、直して、繋いだものだ。
「――残ります」
俺は言った。
全員が振り返った。
「ただし、条件をつけます」
俺は言った。
「歩けない人と、子供と、老人は、逃がします。宿場町の先の、西の農村まで」
俺は言った。
「リディアさん、そこに家を借りられますか」 「借りられます。金貨二枚あれば、冬を越せる家を三軒」 「借りてください」
俺は言った。
「残るのは、動ける人だけです。俺は残ります。残る人は、自分で決めてください」
■
「わし は残る」
最初に手を挙げたのは、カル爺さんだった。
「爺さん、歩けないでしょう」
トビーが言った。
「歩けんが、喋れる」
老人は言った。
「水路のどこが弱いか、どの家の屋根が抜けるか、雪がどっちから来るか。四十年ぶんある」
彼は言った。
「戦になったら、それが要る」
俺は反論しかけて、やめた。
この人が正しかった。
「――トビーくんは行ってください」 「やだ」
彼は即答した。
「弟は行かせる。俺は残る」
トビーは俺を睨んだ。
「三年前、俺は逃げた。もう逃げねえ」
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結局、村を出たのは九人だった。
子供五人、老人二人、ミルク夫妻。
ミルクの奥さんは最後まで残ると言い張って、旦那が咳き込んで倒れたことで、ようやく折れた。
彼女は荷馬車の上から、俺に向かって叫んだ。
「村を、頼みます!」
俺は頭を下げた。
「――ノアさん!」
彼女はもう一度叫んだ。
「うちの家、十一番です! 覚えててください!」
俺は帳面を掲げた。
「書いてあります!」
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荷馬車が谷を出ていったあと、残ったのは十三人だった。
ノア、ティナ、ミカ、ドルグ、リディア、ゼロ、セリア、ソナ、カル、トビー、ロブ、そして移住してきた男が二人。
狼が三匹。剣が一振り。
「――少ないですね」
俺が言うと、ドルグが鼻を鳴らした。
「一年半前は四人だったろう」
彼は言った。
「三倍だ」




