村へ
村に帰ったのは、出発から三十四日後だった。
谷を降りると、煙が増えていた。
出発前より、五本多かった。
村の入口に、ドルグが立っていた。
「――で、今日は何を拾ってきた」
俺は答えた。
「聖女の巡行のやり方を、変えてきました」
ドルグが眉を上げた。
「なんだと」 「あと、村が教会の養成地になりました」 「……坊主」
彼は頭を掻いた。
「お前、買い出しに行かせても人を連れて帰るし、巡行に行かせても制度を持って帰るな」
■
村は、変わっていた。
移住してきた三家族が家に入って、人口は二十二人になっていた。
ソナが作った音の板が、家の壁に張られていた。三軒ぶん、もう終わっていた。
鍛冶場の隣に、小屋が一棟増えていた。
「あれは」 「ミカが建てた」
ドルグが言った。
「炭焼き小屋だ。黒炭の質を上げる実験をやってる。おかげで炉の温度がまた上がった」
彼は言った。
「あと、そこの娘っ子が、犬を増やした」
俺が見ると、広場でソナがハギの背中にもたれて座っていた。
ハギの隣に、もう一頭、若い狼がいた。
「増えました?」 「あの狼が、山から連れてきた」
ドルグは言った。
「群れからはぐれた雌だそうだ。ハギが連れてきて、坊主がいないから俺が判断した」
彼は言った。
「――拾った」
俺は笑ってしまった。
「ドルグさんが拾ったんですか」 「うるさい」
■
その日の夕方、村の広場に、ボロが座っていた。
彼は俺を見て、鼻を鳴らした。
「遅い」 「すみません」 「腹が減った」 「知ってます」
俺はその隣に座った。
ボロは、また少し大きくなっていた。
背が俺の胸の高さに来ていて、銀色の毛が夕日を弾いていた。
「小僧」 「はい」 「聖女の顔が、変わったな」
彼は言った。
広場の向こうで、セリアがティナと何か話していた。
紙を広げて、指で図をなぞって、二人とも真剣な顔をしていた。
「変わりましたか」 「変わった」
ボロは言った。
「あれは、拾われた顔ではない。拾いはじめた顔だ」
■
夜、俺は帳面を開いた。
村の人口を書き込む欄に、新しい数字を書いた。
二十二人。
その下に、名前を書いていった。
ノア。ティナ。ミカ。ドルグ。リディア。ゼロ。セリア。ソナ。カル。トビーと弟二人。ロブ。ミルク一家三人。移住してきた三家族七人。
それから、少し迷って、別の行に書き足した。
ボロ。ハギ。名前のない雌狼。エルシャイン。
――名前のない雌狼。
俺は明日、名前を考えなければならない。
「ノア」
鞘の中から、エルの声がした。
「なんだ、その顔は」 「名前を考えてます」 「お前は名付けが下手だ」 「知ってます」
俺はペンを置いた。
「エルさん」 「なんだ」 「アルドリックさん、なんで急いでるんでしょうね」
エルは、しばらく黙っていた。
「――ノア」
彼女は言った。
「三百年前、勇者ロランドは、魔王の心臓を貫く直前で怯んだ」
彼女は言った。
「なぜ怯んだか、私はずっと考えていた」
俺は顔を上げた。
「三百年考えて、ひとつだけ思い当たった」
エルは言った。
「あやつは、自分が死ぬと思ったのだ」
彼女は言った。
「死ぬと思った人間は、急ぐか、止まるかのどちらかだ。ロランドは止まった」
鞘の中の声が、低くなった。
「あの司教は――急いでいる」
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三日後、村に手紙が届いた。
差出人は、カイル・レイノルズだった。
封を切ると、短い文が並んでいた。
『四十日後に行くと言ったが、行けなくなった』
『帝国が動いた。国境の三つの砦が落ちた』
『暁の剣は、王都に召集された』
最後に、一行だけ、こう書いてあった。
『――お前の村は、街道沿いだ。逃げる支度をしておけ』




