継ぎ手の里
アルドリックが提示したのは、三つだった。
「ひとつ。巡行の編成を変える」
彼は言った。
「聖女三人に加え、非魔法的処置の担い手を四人つける。これを『施療班』と呼ぶ」
彼は二枚目の紙を出した。
「ふたつ。施療班の担い手を、養成する場所が要る」
老人は俺を見た。
「ロスタ集落を、その養成地に指定する」
俺は思わず声が出た。
「――待ってください」
「聞きなさい」
アルドリックは続けた。
「みっつ。ティナ・アルベールの技を、『継ぎ』として教会の記録に登録する。異端の記録は撤回しない。撤回すれば三百年前の焼却が公になる」
彼は言った。
「代わりに、新規の技として登録する。歴史を修正するのではなく、上書きする」
俺は拳を握った。
「それは」 「卑怯だな」
アルドリックが先に言った。
「卑怯だ。だが、三百年前の継ぎ手たちは、私が謝ったところで戻らん」
彼は言った。
「戻らん者に謝るより、これから死ぬ者を減らすほうが、私は大事だと考える」
■
俺は、答えられなかった。
この老人の言うことは、いつも正しい。正しくて、そして、どこか決定的に間違っている。
その間違いが何なのか、俺にはまだ言葉にできなかった。
――そのとき、ティナが前に出た。
「アルドリック様」
彼女は言った。
「ひとつ、条件をつけていいですか」
老人が彼女を見た。
「言ってみなさい」
「三百年前の継ぎ手の人たち、名前は残ってますか」
ティナは言った。
「焼いたって聞きました。でも、焼いた記録の目録は、残ってませんか」
アルドリックの目が、動いた。
「――目録か」 「はい」
ティナは言った。
「うちの村に、五十年前の記録を全部覚えてる子がいます。ゼロっていいます。人形です」
彼女は言った。
「あの子、五十年前の坑道の主任が何を隠したか、覚えてました。それで、隠されてたことがばれました」
ティナは老人を見上げた。
「記録って、残ってると、いつかばれるんです」
彼女は言った。
「三百年前に焼いた人も、たぶん、目録は焼けなかったと思うんです。目録を焼くと、何を焼いたかわからなくなるので」
アルドリックは、長いこと黙っていた。
そして、こう言った。
「――ある」
彼は言った。
「第七文書庫、最下層。焼却目録は残っている」
「見せてください」
ティナは言った。
「名前だけでいいです。全部でなくていいです」
彼女は言った。
「わたし、教わってないのに継げるようになりました。誰かがどこかで、繋いでくれてたんだと思います」
彼女は言った。
「その人たちの名前、知りたいです」
■
アルドリックは立ち上がった。
窓のほうへ歩いて、そこでしばらく外を見ていた。
「ティナ・アルベール」
彼は言った。
「お前は、私にとって、いちばん都合の悪い人間だ」
彼は振り返らなかった。
「私は、名前を覚えないことで四十年やってきた。お前は、名前を数えろと言う」
彼は言った。
「――目録は、写しを作らせる。三月かかる」
「ありがとうございます」
「礼を言うな」
老人は言った。
「私は、お前のために出すのではない。私は、私の算術に、名前という項目がないことを、あの少年に指摘された」
彼は俺を見た。
「四十年、誰にも指摘されなかったことだ」
■
控えの間を出るとき、俺は最後に振り返った。
「アルドリックさん」 「なんだね」 「ひとつだけ、答えてください」
俺は言った。
「あなた、なんで急いでるんですか」
老人の動きが、止まった。
「二十八日の巡行で、あなたはもう次の制度を作ってます。文書庫の目録も、三月で出すって言いました」
俺は言った。
「四十年動かなかった人が、急に急ぎ出したら、理由があると思うんですけど」
アルドリックは、答えなかった。
彼はただ、こう言った。
「――帰りなさい。村が待っている」
■
大聖堂を出ると、外は夕方だった。
セリアが、階段の上で立ち止まった。
「ノア」 「はい」 「わたし、辞めようと思ってたの」
彼女は言った。
「聖女、辞めて、村で暮らそうと思ってた」
彼女は空を見上げた。
「でも、辞めない」
セリアは言った。
「施療班、わたしが作る」
彼女は自分の手を見た。
まだ、少し震えていた。
「三回に一回失敗する聖女が、九百人を診る班を率いるの。おかしいでしょ」
彼女は笑った。
「でも、選ばなくていい方法を、わたしが作らないと」




