算術
巡行が領都に戻ったのは、出発から二十八日後だった。
俺たちが回ったのは七つの館で、治癒で治した人数は六十三人、手当てをした人数は九百四十一人だった。
リディアが配った手引きは、二百三十枚になっていた。
最後の館では、司祭が手引きを写すのを手伝っていた。
彼は途中で「これは聖務ではない」と三回言って、四回目からは言わなくなった。
■
領都に着いた翌日、俺たちは大聖堂に呼ばれた。
通されたのは、以前と同じ控えの間だった。
アルドリックが、同じ椅子に座っていた。
前に会ったときより、痩せて見えた。
「――報告は受けている」
彼は言った。
「セリア・フォルト。お前は巡行中、治癒の回数を三回下回った日が、七日あった」
セリアが顔を上げた。
「はい」 「理由は」 「他のことをしていました」
彼女は言った。
「包帯を巻いていました」
アルドリックは頷いた。
「教会法上、聖女の職務怠慢に当たる」
俺が前に出ようとしたら、リディアが袖を掴んで止めた。
「――だが」
アルドリックは続けた。
「私は、それを咎めない」
彼は机の上に、一枚の紙を置いた。
「これを見なさい」
■
紙には、数字が並んでいた。
左の列に、この二十八日間で回った七つの館の名前。
右の列に、二つの数字。
治癒による治療者数と、非魔法的処置による対応者数。
そして、その下に、金額が書いてあった。
「巡行一回にかかる費用は、金貨で十四枚だ」
アルドリックは言った。
「聖女三人、司祭二人、護衛八人、馬車三台、二十八日ぶんの食費と宿代」
彼は指で数字をなぞった。
「これに対して、集まる献金は、平均で金貨二十二枚。差し引き八枚の利益で、これが四万人を養う金の一部になる」
彼は顔を上げた。
「今回の巡行は、献金が金貨三十一枚だった」
俺は驚いた。
「増えたんですか」 「増えた」
アルドリックは言った。
「理由は明白だ。列の後ろまで人が減らなかったからだ」
彼は言った。
「従来、聖女が九人を治すと、残りは帰る。帰った者は献金しない。今回は、列の全員が何かをしてもらった。銅貨一枚、二枚でも、九百人が出せば金貨九枚になる」
老人は淡々と言った。
「――算術だ」
■
俺は、机の上の紙を見ていた。
この人は、また算術をしている。
列の後ろで死にかけていた子供のことも、包帯の巻き方を聞いてきた老女のことも、この人の紙の上では、金貨の数字になっている。
俺は口を開いた。
「アルドリックさん」 「なんだね」 「あなた、最初からこれを試させるつもりでしたね」
老人は、否定しなかった。
「そうだ」
「なんで、セリアさんを使ったんですか」
俺は言った。
「他の聖女でもよかったはずです」
アルドリックは、しばらく答えなかった。
「セリア・フォルトは、三年前、私に上申書を出した」
彼は言った。
「『列の順番を、献金額ではなく重症度に変えていただきたい』と」
セリアが、息を呑んだ。
「覚えて、いらっしゃるんですか」 「覚えている」
老人は言った。
「私は、それを却下した。理由は、献金が減るからだ」
彼はセリアを見た。
「そして、お前は次の巡行で、自分で順番を変えた。司祭を説得して、重い者から治した」
アルドリックは言った。
「その日、お前は十人から三人を選んだ」
セリアの手が、震えはじめた。
「――あれは、私のせいだ」
老人は言った。
「私が却下しなければ、お前はあの十人の前に立たされていない」
部屋が、静まった。
「私は謝らない」
アルドリックは言った。
「四十年、私が切った者は千人を超える。一人に謝れば、九百九十九人に謝らねばならん。それはできん」
彼は言った。
「だから、代わりに、方法を変える」




