呼び戻し
セリアは、村の外れの畑の縁に座っていた。
俺が近づくと、彼女は書状を膝の上で握ったまま、顔を上げた。
「おかえりなさい」 「ただいま帰りました」
俺はその隣に座った。
「行くんですか」 「行く」
彼女は即答した。
「命令だもの。聖女が巡行を断ることはできないの」
セリアは書状を広げた。
達筆な字で、指名の理由が一行だけ書いてあった。
『経験ある聖女を要するため』
「経験、ある聖女」
彼女は読み上げて、それから、乾いた声で笑った。
「三回に一回失敗するのに」
俺は書状を見た。
署名は、アルドリック。
「セリアさん」 「なに」 「巡行って、何をするんですか」
彼女は答えなかった。
しばらく畑を見ていて、それから、ぽつりと言った。
「――列に、並ぶの」
「列」 「病人が。館の前に、列を作る」
セリアは膝を抱えた。
「聖女が来るって触れが出ると、その領地じゅうから病人が集まってくるの。歩けない人は運ばれてくる。何十人も、何百人も」
彼女は言った。
「わたしが治せるのは、一日に三人」
俺は顔を上げた。
「三人?」 「治癒っていうのは、そういうものなの」
セリアは言った。
「一回使うと、体の中が空になる。一日に三回が限界。四回目をやると、次の日は一回も使えなくなる」
彼女は自分の手を見た。
「――三百人の列の前に立って、三人選ぶの」
■
俺は何も言えなかった。
「最初の巡行は、十七のときだった」
セリアは、話し出した。
「南の領地。列に、百人くらいいた。わたしの前に立った司祭が言ったの。『献金の多い順に並べてある』って」
彼女は言った。
「わたし、前から三人を治した。金持ちの三人を」
セリアの手が、膝の上で震えはじめた。
「二年目の巡行で、わたし、司祭に言ったの。『順番を変えてください』って。『重い人から治させてください』って」
彼女は言った。
「司祭は、変えてくれた」
俺は待った。
「――その日、わたし、十人の列を見せられた」
セリアは言った。
「全員、あと数日って人たち。その中から三人選べって言われた」
彼女は両手で顔を覆った。
「わたし、選んだ」
彼女は言った。
「三人選んで、七人を残した。残した七人の顔、全部覚えてる」
■
しばらく、風の音しかしなかった。
畑の向こうで、トビーと弟たちが走り回っている声が聞こえた。
「――それから、手が震えるようになったの」
セリアは言った。
「詠唱の途中で、あの七人の顔が出てくる。出てくると、失敗する」
彼女は言った。
「三回に一回っていうのは、そういうこと」
俺は、聞いた。
「カイルさんは、知ってるんですか」 「知らない」
セリアは首を振った。
「言ってない。言えなかった。あの人、『前より弱くなった』って言っただけだから」
彼女は少し笑った。
「あの人は悪くないの。わたしが言わなかっただけ」
俺は膝の上で拳を握った。
この人は、俺が追放された日から震えるようになったと言っていた。
嘘ではなかったのだと思う。
ただ、順番が逆だったのだ。
もともと震えていたところに、俺の追放が乗ったのだ。
「セリアさん」 「なに」 「俺、ついていっていいですか」
彼女が顔を上げた。
「駄目よ。巡行に部外者は」 「荷物持ちなら、要りませんか」
俺は言った。
「三年、やってました。得意です」
■
その夜の村の会議は、荒れた。
「行かせるな」
最初に言ったのはドルグだった。
「あの司教が、わざわざ名指しした。罠に決まってる」
「罠でしょうね」
リディアは即答した。
「ですが、断れません。聖女の巡行拒否は、教会法上の重罪です。セリアさんが罪に問われれば、彼女を匿った村も対象になります」
「じゃあどうするんだ」 「行かせて、こちらも行きます」
彼女は帳簿を閉じた。
「向こうが土俵を用意したなら、こちらは土俵の上で勝てばいい話です」
ティナが手を挙げた。
「わたしも行きます」 「ティナさん、あなたは」 「継ぎ手だから、行きます」
彼女は言った。
「巡行って、病人がいっぱい来るんですよね」
ティナは言った。
「わたし、人は治せません。でも、割れた添え木は継げます。破れた包帯も継げます」
彼女は胸を張った。
「あと、包帯の巻き方なら、教会で十一年やってました」
■
出発は五人になった。
セリア、俺、ティナ、リディア、ゼロ。
ドルグとミカは村に残った。移住希望者が七人来ることになっていて、その受け入れがあった。
ソナは残るか行くかで三日悩んで、結局残った。
「人が多いところ、まだ無理」
彼女はそう言って、それから、耳覆いを外して言った。
「でも、板は作っておく。帰ってきたら、聖女の家も静かにしてあげる」
セリアが、その言葉に一瞬固まって、それから、小さく笑った。
「……わたしの家、あるの」 「あるよ」
ソナは当然のように言った。
「十七番。ハンナ婆ちゃんち」




