帰り道の話
帰り道の三日目、ソナが唐突に言った。
「わたし、行くから」
彼女は前を歩きながら、振り返らずに言った。
「あなたの村。行く」
「はい」
俺は答えた。
「でも、うるさかったら帰る」 「はい」 「あと、板を作る材料がないと困る」 「あります」
俺は言った。
「潰した家の廃材が、四軒ぶんあります」
ソナが立ち止まった。
「……四軒」 「はい」 「四軒ぶん、板があるの」 「あります。あと、草も毛もあります。羊がいるので」
彼女は口を半分開けたまま、しばらく固まっていた。
それから、耳覆いを外して、両手で顔を覆った。
「ずるい」
彼女は言った。
「そんなの、断れないじゃん」
ティナが後ろで大きく頷いた。
「わかります」
彼女は言った。
「ノアさん、そういうところあるんです。ずっとそうです」
■
帰り道、ゼロがソナの隣を歩くようになった。
ソナが「あなたの隣がいちばんしずか」と言ったからで、ゼロはそれに「了解しました」とだけ答えて、以後ずっと隣にいた。
二人は、ほとんど喋らなかった。
ただ、六日目の夜、俺は焚き火の向こうで、二人が小さな声で話しているのを聞いた。
「ゼロ」 「はい」 「あなた、五十年、一人だったんでしょ」 「はい」 「わたし、四年だった」
ソナは言った。
「四年でも、頭がおかしくなりそうだった」
しばらく間があった。
「――ゼロ、こわくなかった?」
ゼロは、いつもの平坦な声で答えた。
「恐怖の定義が、記録にありません」
彼女は言った。
「ですが、ひとつ、記録があります」
ゼロは言った。
「四十七年目の冬、坑道の入口から、鳥が一羽入ってきました。三日いて、出ていきました」
彼女は言った。
「その三日間、私の駆動音の間隔が、規定値より短くなっていました」
沈黙があった。
「……それ」
ソナが言った。
「うれしかったってことだよ」
「そのようです」
ゼロは言った。
「当時は、故障だと判断しました」
■
村が見えたのは、二十二日目の昼だった。
峠の上から見下ろすと、谷に煙が上がっていた。
出発したときより、煙の数が増えていた。
「……増えてます」
俺が言うと、ドルグが目を細めた。
「三本、多いな」
俺たちは谷を降りた。
村の入口で待っていたのは、リディアだった。
彼女は俺たちを見て、それから、いつもどおりの事務的な口調で言った。
「おかえりなさい。報告が三件あります」
彼女は計算板を構えた。
「一件目。黒炭の出荷が、月に樽十二から二十四に倍増しました。ロブさんとミカさんが運搬用の橇を作りました」
「二件目」
彼女は続けた。
「宿場町から、七人が移住を希望しています。三家族です。うち一家族は、教会の救貧院から出された老夫婦です」
彼女は眼鏡を押し上げた。
「そして三件目」
リディアは、少しだけ言い淀んだ。
「セリアさんが、教会から呼び戻されました」
俺は足を止めた。
「呼び戻された、っていうのは」 「聖女の巡行に、欠員が出たそうです」
彼女は言った。
「――アルドリック司教の、直々の指名です」




