↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝5.000pv!【拾い物】しか能がない俺、役立たずと勇者パーティーを追放されたので、みんなが捨てたものを拾って生きていく  作者: 音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/72

聖女、失格

雨脚が強くなってきた。

 通りの人間はみんな軒下に逃げ込んでいる。荷車を引いていた親父も、パン屋の店先も、さっさと店じまいを始めた。

 教会の石段だけが、空いていた。

 女の子がひとり、いちばん下の段に座っている。

 亜麻色の髪が濡れて頬に貼りついていた。修道服。膝の上に古い革の鞄。動かない。俯いてもいない。ただ、まっすぐ前を見ている。

「ノア」  エルが言った。 「行くな。あれは人だ。人は拾えん」 「拾いませんよ」 「本当だな?」 「……たぶん」 「おい」

 俺は歩いていって、女の子の頭の上に、焦げた外套を広げた。

 女の子が、ゆっくり顔を上げた。

 そばかすが散った顔だった。目が赤い。泣いたあとの赤さじゃなくて、泣くのを我慢しすぎた赤さだった。

「……えっと」 「濡れますよ」 「あ、はい。あの、大丈夫です」 「大丈夫じゃないですよね」 「大丈夫です!」

 妙に元気よく言い切って、その子はにこっと笑った。

 うまい笑い方だった。何度も練習した人の笑い方だ。

「わたし、ちょっと座ってただけなので。すぐ帰るので。ほんとに」

 俺は隣に座った。

「ええっ」 「傘がないので」 「え、あ、はい……?」

 二人で外套を頭に乗せて並んで座った。かなり間抜けな絵面だと思う。

 雨が石段を叩く音が続いた。

 しばらくして、その子がぽつりと言った。

「……あなた、教会の人じゃないですよね」 「違います」 「よかった」

 それから、また黙った。

 膝の鞄の口から、押し込まれた布がはみ出しているのが見えた。急いで詰めたのがわかる詰め方だった。

「出てきたんですか」 「出されました」

 あっさりした答えだった。

「今日、適性試験だったんです。三年に一度の。治癒魔法を十回唱えて、一回でも成功すれば聖女見習いを続けられるんですけど」 「何回成功しました」 「ゼロです」

 その子は、指を折って数えるみたいに言った。

「五歳のときからずっとゼロなんです。十一年で、たぶん四千回くらい唱えました。ぜんぶ失敗です。すごくないですか、四千回」

 笑いながら言った。

「司教様に呼ばれて、『お前には神の恩寵がない』って。『これ以上、教会の食い扶持を減らすな』って」

 俺は何も言わなかった。

「あ、でも司教様も忙しいので! 仕方ないんです。教会もお金ないですし。わたしが悪いので。ぜんぜん、大丈夫なんです」

 ――大丈夫です、を、この子はこれで四回言った。

 俺は数えていた。

「名前、聞いていいですか」 「ティナです。ティナ・アルベールです」 「ノアです」

 ティナが、少し笑った。今度はさっきよりましな笑い方だった。

「ノアさんは、何してる人ですか」 「無職です」 「えっ」 「三日前にクビになりました」 「あっ、えっ、ごめんなさい!」 「謝られると、けっこうきついですね」 「ごめんなさい!」

   ■

 雨が少し弱まった。

 ティナが鞄を抱え直したとき、口から布が滑り落ちて、石段の水たまりに落ちた。

 俺が拾い上げると、それは布ではなかった。

 人形だった。

 布でできた、へたくそな人形。手足がついていて、顔に糸で目と口が縫ってある。片腕がちぎれて、胴体の綿がはみ出していた。

「あ、それ」

 ティナが慌てて手を伸ばした。

「それは、いいんです。捨てるやつなので」 「捨てるんですか」 「はい。もう壊れちゃったので。教会の子供たちにあげようと思って作ったんですけど、腕が取れちゃって。壊れたものをあげるわけにいかないから」

 ティナは笑った。

「わたし、治せないので」

 ――視界が、変わった。

 人形の輪郭に、別の姿が重なった。

 ちぎれていない、腕のついた人形。それだけだ。伝説の剣でも神獣でもない。ただの、下手くそな布人形だ。

 でも、その重なった姿は、ちゃんとそこにあった。

 俺は袋から針と糸を出した。

「え?」 「ちょっと待ってください」

 石段に座ったまま、腕を縫いつけた。

 荷物持ちを三年やっていると、縫うのだけはうまくなる。破れた背嚢を毎晩縫っていたからだ。

 綿を押し込んで、糸を回して、玉留めをして。

 二分で終わった。

 俺は人形を差し出した。

「はい」

 ティナは受け取らなかった。

 受け取らずに、人形を見ていた。

 そして、口を押さえた。

「あ、あれ」

 声が震えていた。

「あれ、なんで……なんで、わたし」

 ぼろぼろ泣き出した。

 石段に座って、雨の下で、十六歳の女の子が声を上げて泣いた。

「治らないと思ってたのに! だって、わたし、なんにも治せないのに! 四千回! 四千回やって一回も!」

 言葉になっていなかった。

 俺は黙って、外套をもう少し彼女の側にずらした。

   ■

 泣きやむまで、けっこうかかった。

 ティナは人形を抱えて、鼻をすすりながら言った。

「……ノアさん、魔法使いですか」 「違います。針と糸です」 「なんでですか」 「壊れてたので。もったいなかったので」

 ティナは人形の腕を、そっと引っ張った。取れなかった。

 もう一度引っ張った。取れなかった。

 三回目でやっと納得して、彼女は人形を胸に抱えた。

「あの」 「はい」 「ノアさん、これからどこ行くんですか」

 俺は考えた。

 行くところはない。仕事もない。所持金は銅貨四枚。

「決めてないです」 「……あの、じゃあ」

 ティナが、鞄の持ち手をぎゅっと握った。

「わたしも、行くところがないんですけど」

 声が小さくなった。

「わたし、治癒魔法できないですし、力もないですし、たぶんぜんぜん役に立たないんですけど、でも、荷物は持てますし、ごはんは少なくても平気ですし」

 早口になった。

「あの、その、迷惑だったら全然いいんですけど、でも、あの」

 俺は立ち上がって、手を差し出した。

「ティナさん」 「は、はい」 「食い扶持、俺も四日ぶんしかないです」 「はい」 「あと、うるさい剣と、食い意地の張った狼がいます」 「はい?」

 袋の上でボロが顔を上げた。腰でエルが「うるさいとはなんだ」と唸った。

 ティナが、ぽかんとした。

「行きましょう」

 ティナは俺の手を見て、それから顔を上げた。

 そして今日いちばんまともな顔で笑った。

「……はい!」

   ■

 その夜、宿の一番安い部屋で、四人で干し肉を分けた。

 ボロが半分持っていった。

「多くないですか」 「我は神獣ぞ」 「関係ないでしょう」

 ティナが声を上げて笑った。笑いすぎて咳き込んでいた。

 窓の外はまだ雨だった。

 俺は思っていた。

 三日前まで、俺は勇者パーティーの荷物持ちだった。

 今は無職で、金がなくて、抱えているのは折れた剣と、ぼろ狼と、聖女失格の女の子。

 どれも、誰かが「要らない」と言って手放したものだ。

 ――もったいない。

 本当に、心の底からそう思った。

 そして三日後、この宿場町の冒険者ギルドに、勇者パーティー「暁の剣」が転がり込んでくることになる。

 全員、ぼろぼろの状態で。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。