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祝5.000pv!【拾い物】しか能がない俺、役立たずと勇者パーティーを追放されたので、みんなが捨てたものを拾って生きていく  作者: 音


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毛玉を拾った

最初は風だと思った。

 宿場町の裏路地。積み上がった木箱と生ゴミの間で、灰色の何かがもぞりと動いた。

「ノア。無視して歩け」 「なんでですか」 「嫌な予感がする。あれは良くないものだ」

 エルの声を無視して、俺はゴミの山に近づいた。

 灰色の毛玉が転がっていた。

 猫より少し大きいくらいだ。毛はところどころ抜けて地肌が見えている。泥と、たぶん血で汚れていた。

 目を閉じて、震えている。

「……犬か?」 「狼だ」

 エルの声が、急に真剣になった。

「ノア、下がれ。それは狼だ。しかもただの狼じゃない」 「弱ってますよ」 「弱っている今が一番危ない。獣は追い詰められると――」

 毛玉が、目を開けた。

 金色の目だった。

 そして、掠れた声で、はっきりとこう言った。

「……腹が、減った」

 俺は動きを止めた。

「喋りましたね」 「喋ったな」 「今日、喋るものに会いすぎでは?」 「私を『もの』と呼ぶな」

 毛玉はもう一度、うう、と唸って、それから力尽きたように地面に伏せた。

 俺は屈み込んだ。

 汚れた毛の下に、大きな傷があった。脇腹が裂けている。血は止まりかけているが、乾いた血の量が尋常じゃない。

「……誰かに斬られてる」 「当然だろう。街の裏に魔獣がいれば、討伐される」

 毛玉が薄目を開けて、俺を見た。

「……我は」

 声が細い。

「我は、灰狼シリウス。北の霊峰を守りし……神獣、である」 「神獣」 「うむ」 「神獣がゴミ捨て場にいるんですか」

 毛玉は、しばらく黙った。

 それから、消え入りそうな声で言った。

「……眷属に、裏切られた」

 俺は何も言わなかった。

「群れが、我を要らぬと言った。老いた、と。守るに値せぬ、と。……そう言って、山から落とした」

 毛玉の耳が、ぺたりと寝た。

「我は、捨てられたのだ」

 ――ああ。

 視界が、変わった。

 毛玉の輪郭に、別の姿が重なって見えた。

 馬より大きい灰色の狼。銀色に光る毛並み。金色の目。堂々と山の稜線に立っている。

 その姿が、目の前の薄汚れた毛玉と、確かに繋がっていた。

「……もったいないな」

 口に出していた。

「なんだと」 「いや、こっちの話です」

 俺は背負い袋を下ろした。

 割れたポーション瓶を一本取り出す。中身は三分の一ほど残っている。

「動かないでくださいね。しみます」

 傷口に垂らした。

 毛玉が「ぎゃっ」と情けない声を上げた。神獣の威厳が一瞬で消えた。

「痛い! 痛いぞ小僧!」 「そりゃ痛いです」 「加減というものが」 「ないです」

 焦げた外套の裾を切って、包帯代わりに巻いた。

 それから、袋の底に残っていた干し肉を、最後の一枚まで出した。

 三日分の食料の、最後の一枚だ。

「食えますか」

 毛玉は干し肉を見て、俺を見て、また干し肉を見た。

 そして、飛びついた。

 勢いよく食って、噛んで、飲み込んで、それから急に恥ずかしくなったのか、ごほんと咳払いをした。

「……礼は言わぬぞ」 「はい」 「神獣は礼を言わぬのだ。そういうものなのだ」 「はい」

 俺はしゃがんだまま、毛玉の頭に手を置いた。

 毛はごわごわで、砂だらけだった。

「あんた、名前は」 「シリウスだと言ったであろう」 「群れがくれた名前ですよね」 「……そうだが」

 毛玉が、ぴくりとした。

「捨てた連中がつけた名前を、これからも背負うんですか」

 しばらく、返事がなかった。

 路地の向こうから、通りの雑踏が聞こえてくる。パンを売る声。荷車の車輪。子供が走る音。

「……なら」

 毛玉が、ぼそりと言った。

「お前がつけろ」

 俺はちょっと困った。

 名前をつけるのは苦手だ。ばあちゃんの店の猫に「ネコ」とつけて三日怒られたことがある。

 毛玉を見た。灰色で、ぼろぼろで、ふてぶてしくて、腹が減っている。

「ボロ」 「は?」 「ボロで」 「待て。待て待て待て」

 毛玉が跳ね起きた。傷が痛かったのか、途中で「うぎゃ」と潰れた。

「もっとあるだろう! こう、荘厳な! 銀嵐とか! 覇王とか!」 「ボロがいいです」 「なぜだ!」 「ぼろぼろで、拾ったので」

 毛玉はしばらく口をぱくぱくさせていた。

 そして、がっくりと首を垂れた。

「……ボロ、か」 「嫌ですか」 「……いや」

 毛玉は、ふっと息を吐いた。

「呼ばれるのは、久しぶりだ」

 その瞬間だった。

 毛玉の体が、ぼう、と淡く光った。

 抜けていた毛が、うっすらと生えてきている。ほんの少しだ。地肌が見えていた背中が、産毛で覆われる程度の、本当にささやかな変化だった。

 でも、確かに変わった。

「おい」

 エルの声がした。

「ノア。お前、今、何をした」 「拾いました」 「拾っただけで、こうなるか」

 俺は自分の手を見た。

 わからない。三年間、こんなことは一度もなかった。

 ただ――ばあちゃんが言っていたことを思い出した。

 道具はな、名前を呼んでやると長持ちするんだよ、と。

 あの人は、店の鍋にも金槌にも全部名前をつけていた。近所では変わり者で通っていた。

「ノア」 「はい」 「腹が、減った」 「さっき食ったでしょう」 「足りぬ」

 ボロが俺の膝によじ登ってきた。ずしりと重い。見た目より重い。

「連れていけ。我を養え」 「え」 「拾ったのだろう。ならば最後まで面倒を見よ。それが道理である」

 言い分としては筋が通っている気もするし、通っていない気もする。

 財布には銅貨が十一枚。

 俺は溜め息をついて、ボロを袋の上に乗せた。

「……パン一個までですよ」 「二個だ」 「一個半」 「よかろう」

 腰の剣が、呆れたように呟いた。

「……お前、拾いすぎだ」

   ■

 パンを買って、宿場町の通りを歩いた。

 ボロは袋の上でパンを齧っている。エルは腰でぶつぶつ文句を言っている。

 三日前まで、俺は勇者パーティーの荷物持ちだった。

 今は無職で、所持金は銅貨四枚で、喋る剣と喋る狼を連れている。

 どう考えても状況は悪化している。

 なのに、なぜか背中が軽かった。

 ――その通りの先、教会の白い塔が見えたとき。

 石段に、女の子がひとりで座っていた。

 雨が降り出していた。

 その子は、傘もささずに、動かなかった。

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