しずかな娘
俺たちは、その夜ソナの寝床に泊めてもらった。
寝床というのは、岩の裂け目に枯れ草を敷いただけの場所で、風は防げるが暖かくはない。
四年、彼女はそこにいた。
俺は入ってすぐ、ソナが作ったものに気づいた。
岩の壁に、木の板が何枚も立てかけてある。板と板の間に、枯れ草と獣の毛が詰めてあった。
音を吸わせるためだ。
「これ、自分で?」 「他に誰がいるの」
ソナは当然のように言った。
「風の音がうるさかったから。草を詰めたら、少しましになった」
俺は板を撫でた。
継ぎ目だらけだった。
拾ってきた廃材を、蔓と獣の腱で括って、隙間に草を詰めて、それを四年ぶん重ねてある。
「――もったいないな」
俺は呟いた。
「なにが」
ソナが振り返った。
「四年ぶんの工夫が、ここで止まってるのが」
俺は言った。
「これ、村の家に使えます」
ソナが、ぽかんとした。
■
「ソナさん」 「ソナでいい。さん、って音が硬い」 「ソナ。ひとつ聞いていいですか」 「なに」 「里に、帰りたいですか」
彼女は、しばらく答えなかった。
焚き火が爆ぜて、その音に彼女が肩を震わせた。
「……帰りたくない」
彼女は言った。
「でも、一人は、いや」
ソナは膝を抱えた。
「両方は無理でしょ。だから、山にいる」
俺は少し考えて、それから言った。
「うちの村、十五人です」
ソナが顔を上げた。
「百人はいません。谷ですから、外の音は入ってきません。あと、うちには音を吸う板を作れる人がいます」
俺は言った。
「あなたです」
「……なにそれ」 「あと、しずかな生き物が二匹います」
俺は言った。
「ボロと、ゼロです」
ゼロが、岩の入口で振り返った。
「私は生き物ではありません」 「音、しないですよね」 「駆動音があります。ですが、心拍はありません」
ソナが、ゼロをじっと見た。
そして、耳覆いを外した。
しばらく耳を澄ませて、それから、目を丸くした。
「……ほんとだ」
彼女は言った。
「あなた、音が一本もない」
ゼロは、少しの間、黙っていた。
「――それは、私が不良品だからです」
「ちがう」
ソナは即座に否定した。
「しずかなのは、いいこと」
彼女は言った。
「わたしが四年、ずっと欲しかったもの」
ゼロは動かなかった。
俺は彼女の顔を見た。無表情だった。いつもどおりの、まったくの無表情だった。
でも、彼女は右手の指を、一本ずつ、ゆっくり曲げていた。
■
翌朝、ソナは俺たちについてきた。
「泉まで案内する」と言って、荷物もほとんど持たずに岩場を降りて、俺たちより速く歩いた。
「ノア」
ボロが並んで歩きながら、低い声で言った。
「あの娘を、拾ったな」 「まだです。本人が決めてないので」 「決めておるよ」
ボロは前を見たまま言った。
「あの娘は、四年ぶりに人の隣で寝た。もう決まっておる」
彼は少し歩いてから、続けた。
「――小僧。ひとつ言うておく」
「はい」 「泉に着けば、我は群れに会う」
ボロの足取りは、変わらなかった。
「そこで、我が『帰れ』と言われたら、我は帰る」
彼は言った。
「霊峰は、我の山だ。捨てられても、我の山だ。……だが、お前の村も、我の場所だ」
彼は初めて俺を見上げた。
「どちらかを選べと言われたら、我は困る」
俺は少し笑った。
「選ばなくていいです」 「そういうわけには」 「うちの村、行き来してる人だらけですよ」
俺は言った。
「セリアさんは月に一度、領都の施療院に行きます。カイルさんは四十日ごとに来ます。ロブさんは宿場町に道具を買いに行きます」
俺は言った。
「帰る場所が二つある人は、二つとも自分の場所です」
ボロは、しばらく黙った。
それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「……人間は、屁理屈がうまい」




