予備審問
第三聖堂は、窓のない部屋だった。
円形で、天井が高く、中央に木の台がひとつ置かれている。壁沿いに階段状の席があって、そこに白い法衣が三十人ほど座っていた。
ティナは中央の台に立たされた。
俺は最後列の隅に、傍聴人として座ることを許された。リディアとセリアは入れなかった。
査察官のヴィクトルが、書状を開いた。
「予備審問を開始します。被審問者、ティナ・アルベール、十六歳。旧教会所属、王暦八六一年、適性不良により放免」
彼は淡々と読み上げた。
「告発内容、教会の認可なき奇跡の行使、および奇跡の商業利用」
ティナが、小さく息を吸った。
「――質問します」
ヴィクトルが顔を上げた。
「あなたは、割れた器を元に戻すことができますか」 「……はい」 「それは、いつからですか」 「一年前です」 「教会にいた頃はできなかった、ということですか」 「試したことが、なかったので」
ヴィクトルは頷いた。
「では、教会にいた十一年間、あなたは治癒魔法の訓練を受けていましたね」 「はい」 「成功したことは」 「ありません」
「一度も」 「一度もありません」
法衣の列が、わずかにざわついた。
ヴィクトルは書状をめくった。
「奇妙ですね」
彼は言った。
「奇跡の力を持つ者が、教会の中では一度も発現せず、教会を出た途端に発現した。これはどう説明されますか」
ティナは黙った。
「説明できませんか」 「……できません」 「では、こう考えるのが自然です」
ヴィクトルは階段状の席を見上げた。
「あなたの力は、神から与えられたものではない」
彼は言った。
「教会の中で発現せず、外で発現するものは、神の恩寵ではありません。それは――外部から与えられたものです」
俺は、椅子の縁を握った。
話の向かう先が、見えた。
「ティナ・アルベール。あなたは、誰かから力を受け取りましたか」
ヴィクトルの目が、まっすぐティナを見ていた。
「あなたを教会の外で拾った男は、ノア・ガラットという名で、【拾い物】という登録されていないスキルを持っていると聞きます」
ティナの顔が、上がった。
「――待ってください」 「答えてください」 「待ってください!」
ティナが叫んだ。
俺が最後列で立ち上がりかけたのを、ヴィクトルは見ていた。見ていて、無視した。
「ティナ・アルベール。もう一度伺います」
彼は言った。
「あなたの力は、ノア・ガラットから与えられたものですか」
■
ティナは、台の上で、両手を握りしめていた。
俺は最後列で、動けなかった。
ここで俺が何か言えば、それは「異端が口を挟んだ」ことになる。リディアに何度も言われていた。何があっても、指名されるまで喋るな、と。
ティナは、しばらく黙っていた。
それから、顔を上げた。
「――違います」
彼女は言った。
「ノアさんは、わたしに何もくれてません」
声が震えていた。
「ノアさんがしたのは、人形の腕を縫っただけです。針と糸で。二分で」
彼女は懐から、あの布人形を出した。
法衣の列がざわついた。
「わたし、これを捨てようと思ってました。壊れたものは捨てるものだと思ってたから。教会で、そう習ったので」
ティナは人形を掲げた。
「ノアさんは、これを縫いました。糸の色も違うし、下手だし、直したのがまるわかりです」
彼女は言った。
「わたし、それを見て、初めて『直してもいいんだ』って思ったんです」
ヴィクトルの表情が、わずかに動いた。
「――つまり、力を与えられたのではなく、着想を得た、と」 「はい」 「では、その力はどこから来ましたか」
ヴィクトルは言った。
「教会が与えたものでないなら、どこから来たのですか」
ティナは、答えられなかった。
法衣の列がざわめきを増した。
「――静粛に」
ヴィクトルが手を上げた。
「予備審問の結論を、暫定的に述べます」
彼は書状を持ち直した。
「被審問者の力は、教会の記録に存在しない。由来も説明できない。よって、本審問への移行が相当と――」
「――待て」
声が響いた。
俺の腰から、聞こえた。
俺は自分の腰の剣を見た。
鞘の中から、はっきりとした女の声が、聖堂の天井まで届いていた。
「記録に存在しない、だと」
エルは言った。
「三百年前の記録を、貴様らは焼いたのだろうが」




