間引き
「そのとおりだ」
アルドリックは、否定しなかった。
「一年前、私はお前を要らないと言った。教会の食い扶持を減らすなとも言った」
彼はティナを見た。
「今も、同じことを言う」
俺は前に出た。
出てから、何を言うつもりだったのか自分でもわからなくなった。
「――君は」
アルドリックが、俺を見た。
「ノア・ガラットだな。ロスタ集落の代表」
彼は椅子を勧めるでもなく、そのまま話し続けた。
「君に、ひとつ数字を教えよう」
老人は指を組んだ。
「この国の教会は、年間、およそ四万人を養っている。孤児、病人、老人、身寄りのない者。そのために使う金は、金貨で四千枚だ」
彼は淡々と続けた。
「教会に入る献金は、年間、金貨で三千二百枚。足りない八百枚は、領主からの補助と、聖女の巡行によって埋める」
「聖女の巡行、というのは」 「病を治す旅だ。金を出す領主の館を回り、病人を治す。治せば献金が集まる」
アルドリックは言った。
「治癒ができない聖女は、この計算に一銭も貢献しない。むしろ、食う」
彼はティナを見た。
「十一年、お前を養うために使った金は、金貨でおよそ四枚。四枚あれば、孤児が十二人、一年生きる」
ティナの顔が、真っ白になった。
「――やめてください」
俺は言った。
「やめない」
アルドリックは首を振った。
「これは事実だ。事実を言わずに人を捨てるのは、卑怯だ。私は卑怯なことはしない」
彼は俺を見た。
「私は間引く。四万人を生かすために、生かせない者を切る。それが私の仕事だ」
老人の目には、迷いがまったくなかった。
「憎んでいるのではない。恨みもない。私は、算術をしている」
■
俺は、口の中が乾いていくのを感じていた。
この人は、アルバンとは違う。
アルバンは書式に隠れていた。この人は、隠れていない。
「――じゃあ、なんで今さら呼んだんですか」
俺は聞いた。
「一年前に切ったなら、放っておけばよかったじゃないですか」
「そこだ」
アルドリックは頷いた。
「私が切った娘が、教会の外で、割れた器を直している」
彼は言った。
「もしそれが本物なら、私の算術は間違っていたことになる」
老人は初めて、わずかに目を細めた。
「私は四十年、間引き続けてきた。私が切った者は、千人を超える」
彼はティナを見た。
「そのうちの一人が、私の外で花を咲かせたなら――残る九百九十九人はどうなる」
部屋が、静まりかえった。
「私は、それを確かめに来た」
■
ティナは、動けなかった。
俺は彼女の前に立った。
「アルドリックさん」 「なんだね」 「ひとつ、いいですか」
俺は言った。
「あなた、九百九十九人のことを、覚えてるんですか」
老人の目が、初めて動いた。
「――なんだと」 「千人切ったって言いましたよね。じゃあ、その千人の名前、言えますか」
俺は続けた。
「俺、村の家を十九軒、全部誰の家か知ってます。トビーくんが教えてくれたので。ミルクさんち、ハンナ婆ちゃんち、ロブさんち」
俺は指を折った。
「ハンナ婆ちゃんは、領都の救貧院で去年の冬に死にました。八十三歳でした」
アルドリックは、何も言わなかった。
「救貧院、あなたの管轄ですよね」
俺は言った。
「あなたが養った四万人の中に、ハンナさんが入ってます。数字だと『一』です」
俺は老人を見上げた。
「でも、トビーくんにとっては、ハンナ婆ちゃんです」
長い沈黙があった。
アルドリックは、俺をじっと見ていた。
やがて、彼は言った。
「――君は、私が四十年前に切り捨てた考え方をしている」
その声には、初めて、わずかな感情があった。
それが何の感情なのかは、俺にはわからなかった。
「予備審問は明日、第三聖堂で行う」
彼は背を向けた。
「ティナ・アルベール。お前は今夜、聖堂内に留め置かれる」




