告発者は誰か
夜が明けるまで、セリアは喋り続けた。
彼女は元聖女で、教会の内側を知っている唯一の人間だった。
「予備審問は、まだ裁判じゃないの」
彼女は紙に図を書いた。
「三段階あるの。予備審問、本審問、断罪。予備審問で『疑義なし』になれば、そこで終わり」 「終わるんですか」 「終わる。……けど、めったに終わらない」
セリアは唇を噛んだ。
「予備審問で終わると、審問局は『無駄に人を呼んだ』ことになるから」
リディアがペンを走らせた。
「つまり、彼らには終わらせない動機がある」 「そう」
「セリアさん、ひとつ確認させてください」
リディアが顔を上げた。
「審問を始めるには、何が必要ですか」
セリアは少し考えて、答えた。
「告発。誰かが『あの人は異端です』って届け出ること」 「告発者の名前は、開示されますか」 「……されない。守るために」
リディアの指が止まった。
「では、告発状そのものは、存在しますね」 「するはず。書式は決まってる」
リディアは眼鏡を押し上げた。
その仕草が出るときは、何かを見つけたときだと、俺たちはもう知っていた。
「――告発状は、書式です」
彼女は言った。
「書式なら、私にも読めます」
■
十日目の朝、俺たちは領都へ向かった。
行ったのは五人だった。
ティナ、俺、セリア、リディア、そしてエル。
ドルグは残った。村に審問官が来た場合、十人の非戦闘員を守れるのは彼しかいなかった。
「坊主」
出発の朝、ドルグは俺の肩を掴んだ。
「あの娘を、あそこから連れて帰れ」 「はい」 「それだけだ。それ以外は、どうでもいい」
ミカも残った。彼女は前の晩から鍛冶場にこもりきりで、出発のときに走ってきて、俺に何かを押しつけた。
布に包まれていたのは、短い金属の棒だった。
両端が平たく潰れていて、真ん中に握りがある。
「なにこれ」 「梃子」
ミカは言った。
「武器じゃない。持ち込んでも咎められない。でも、扉のかんぬきなら、これでこじ開けられる」
彼女はそっぽを向いた。
「……使わないで済むならそれでいい。でも、あたしにはこれしか作れなかった」
俺はそれを袋の底に入れた。
ゼロが荷馬車の脇に立って、俺を見上げた。
「ノア」 「はい」 「私は同行できません。自動人形の聖域立ち入りは、禁止されています」
彼女は言った。
「ですが、記録を渡します」
ゼロは目を閉じて、それから、平坦な声で言った。
「ティナ・アルベールが器を継いだ回数、通算三千二百十四回。うち失敗、四十一回。継いだ器の総数、二千九百九十八個」
彼女は目を開けた。
「彼女は、一日も休んでいません」
■
領都大聖堂は、街の中央に建つ白い建物だった。
塔が四本あって、そのうち三本には鐘がある。四本目には鐘がなく、代わりに黒い旗が下がっていた。
「あれ、なんですか」
俺が聞くと、セリアが答えた。
「審問中の印。あの旗が上がってる間、大聖堂は聖庁の管轄になる」
ティナは、旗を見上げたまま動かなかった。
彼女は今朝、村を出るときに、あの布人形を懐に入れていた。
「ティナさん」 「はい」 「腕、まだ取れてないですか」
彼女は懐を押さえて、それから、少しだけ笑った。
「取れてないです」
■
控えの間に通されたのは、ティナと俺の二人だけだった。
セリアとリディアは「関係者ではない」という理由で外に出された。
そこまでは想定内だった。
想定外だったのは、待っていた人物だった。
控えの間の椅子に、一人の老人が座っていた。
白い法衣に、灰色の帯を締めている。年は七十を超えているだろう。背が高く、痩せていて、姿勢が異様にいい。
顔には表情がなく、しかしそれは冷たさではなく、何十年もかけて表情を削ぎ落とした人間の顔だった。
ティナが、俺の背中を掴んだ。
その手が、震えていた。
「――ティナ・アルベール」
老人が言った。
声は静かで、よく通った。
「十一年ぶりではないな。一年ぶりだ」
彼は立ち上がった。
「私はアルドリック。聖庁次席司教だ」
ティナの唇が、動いた。
声が出るまでに、しばらくかかった。
「……司教様」
彼女は言った。
「わたしを、要らないと言った人です」




