白い列
松明の列は、谷の入口で止まった。
白い法衣が二十人ほど、道幅いっぱいに広がって、その全員が同じ速度で歩き、同じ位置で止まった。
訓練された止まり方だった。
先頭の男が三歩前に出て、頭巾を下ろした。
三十半ばくらいの、痩せた男だった。顔立ちは整っているのに印象に残らない、という奇妙な顔をしていて、目だけが妙に澄んでいる。
「夜分に失礼いたします」
男は丁寧に頭を下げた。
「聖庁第二審問局、査察官のヴィクトルと申します」
彼は懐から書状を出した。
「本日付をもって、ティナ・アルベールに対する予備審問の開始を通知いたします。出頭を求めます」
俺は前に出た。
「ここは、今日認可が下りたロスタ集落です」
俺は丸めた認可状を握っていた。
「領主の認可を受けた集落です。勝手に人を連れていかれる場所じゃありません」
ヴィクトルは、わずかに首を傾げた。
嘲るのでも、怒るのでもなく、本当に不思議そうな仕草だった。
「集落の認可は、世俗の権限です」
彼は言った。
「聖庁の審問権は、世俗の認可に優越します。王国法典第一編、第二条。……ご存じないのは仕方がありません。多くの方はご存じない」
彼は書状を持ち直した。
「私は今夜、彼女を連れていきません。予備審問の通知に来ただけです。出頭期限は十日後、領都大聖堂」
ヴィクトルは頭を下げた。
「――期限までに出頭がない場合、身柄の確保に移行します。そのときは、この集落全体が『異端庇護』の対象になります」
■
彼が去ったあと、広場に誰も戻らなかった。
さっきまで宴だった場所に、食いかけの皿と、まだ燃えている焚き火だけが残っていた。
ティナは、その真ん中に立っていた。
顔から表情が抜けていて、片手に匙を持ったままだった。
「……なんで」
彼女が呟いた。
「わたし、失格って言われたんです。要らないって言われて、出されたんです」
彼女は俺を見た。
「なんで今さら、返せって言うんですか」
俺は答えられなかった。
代わりに、セリアが口を開いた。
「――ティナちゃん、あなた、器を直したでしょう」
セリアの声は、震えていた。
「宿場町の酒場に、金の線が入った皿があるって、領都でも噂になってるの」
彼女は自分の腕を抱えた。
「教会は、割れたものが元に戻ることを、奇跡って呼ぶの。奇跡を起こしていいのは、教会が認めた人間だけ」
「……わたし、奇跡なんて」 「教会はそう見ない」
セリアは首を振った。
「教会が認めていない人間が、教会の外で、割れたものを直している。それは、教会にとっていちばん都合が悪いことなの」
■
その夜、村の一番大きな家に、十五人が集まった。
誰も座らなかった。座れる空気ではなかった。
「逃げるか」
最初に口を開いたのは、ドルグだった。
「山を越えれば隣領だ。追っ手は来るが、聖庁の手は領境を越えるのに時間がかかる」
「駄目です」
リディアが即答した。
「逃げれば『異端庇護』が確定します。集落の認可は取り消され、ここにいる全員が指名手配されます」
彼女は帳簿を開きもしなかった。
「カルさんは歩けません。子供が四人います。ミルクさんは肺をやられています。逃げるという選択は、その七人を捨てるということです」
部屋が静まった。
「――じゃあ、戦うか」
ミカが言った。
「あたし、武器なら打てる」 「相手は二十人の審問官と、その後ろにいる聖庁全部です」
リディアは首を振った。
「そして聖庁は、私たちが武器を持った瞬間に、勝ちます。『異端は武力で抵抗した』と書けるので」
誰も何も言えなくなった。
そのとき、ティナが立ち上がった。
「わたし、行きます」
彼女は言った。
「わたし一人が行けば、村は関係なくなりますよね」
声が明るかった。
いつもの、練習した笑い方の声だった。
「大丈夫です。わたし、教会にいたので慣れてます。怒られるのも、要らないって言われるのも、慣れてるんです。だから」
「ティナさん」
俺は遮った。
「五回目です」
彼女が、動きを止めた。
「今日、まだ二回しか言ってないですけど、この一年で五回目です」
俺は言った。
「大丈夫です、って言って一人でどこかに行こうとするの、五回目です」
ティナの顔が、ゆっくり崩れた。
「……数えないでください」 「数えます」
俺は言った。
「他に、俺にできることがないので」
彼女は口を押さえて、それから、その場にしゃがみ込んだ。
「怖いです」
初めて、そう言った。
「わたし、あそこに戻るのが、すごく、怖いです」




