書式は、殴っても壊れない
上申書は、七日後に提出された。
中身は徹底的に事務的で、告発の言葉はひとつも入っていなかった。
ロスタ集落再興申請に関連して、当該地に隣接する閉山坑道の権利関係を確認したい。ついては、第四管区閉山坑道記録番号八一二の七の閲覧を請求する。
それだけだった。
リディアはその上申書を、三通作った。
一通は第四管区管理課へ。
一通は領都の商業ギルドへ。
そして一通を――冒険者ギルドへ。
「なぜギルドに」
俺が聞くと、彼女は淡々と答えた。
「ロスタの調査依頼を出したのはギルドです。ギルドには『依頼の結果として発見された事実』を記録する義務があります」
彼女は書類を封じた。
「あなたの報告書は、すでにギルドの記録に入っています。ギルド長は、あれを『この十年で最良の調査報告』と評価して、報酬に色をつけました」
リディアは俺を見た。
「つまり、ギルドは既に、あなたの報告を信用したという記録を残しています」
■
十二日後、閲覧請求は却下された。
却下の理由書には、こう書かれていた。
『当該記録は永年保存文書であり、一般の閲覧に供さない。また、集落再興申請と鉱区記録との関連性が認められない』
署名は、第四管区管理課長アルバン。
リディアはその理由書を受け取って、三回読んで、それから、静かに言った。
「――勝ちました」
「え?」
ティナが聞き返した。
「『関連性が認められない』と書いてしまいました」
彼女は理由書を掲げた。
「アルバンさんは、集落の隣接地の権利関係が、集落認可と無関係だと、自分の署名で断言しました」
リディアは次の書類を取り出した。
「一方、グラス商会の鉱区申請には、こう書かれています。『当該鉱区は無人の王領内にあり、周辺集落は存在しない』」
彼女は二枚の紙を並べた。
「片方は『集落と鉱区は無関係』と言い、もう片方は『集落がないこと』を申請の根拠にしています」
彼女は眼鏡を押し上げた。
「――無関係なら、集落の有無は根拠にできません」
■
三通の上申書のうち、動いたのは商業ギルドだった。
彼らはグラス商会の競争相手に、この矛盾を売った。
競争相手はそれを買って、産業課に異議を申し立てた。
異議申し立ては産業課の審査を止め、審査が止まると、払い下げの期日が飛んだ。
そして期日が飛んだ瞬間、グラス商会にとって、この案件は「急ぐ理由のない案件」になった。
急ぐ理由がなくなると、顧問料を払う理由もなくなる。
アルバンは、二十日後に管理課長の職を解かれた。
罪に問われたわけではなかった。
書式の不備を三件指摘され、監督責任を問われ、閑職に移されただけだった。
その処分の書類は、三行しかなかったという。
「――これで、終わりですか」
俺が聞くと、リディアは首を振った。
「終わりではありません。ですが、あの人は、あの人が信じていたものに負けました」
彼女は言った。
「書式は、殴っても壊れません。ですが、書式に殺されることはあります」
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俺はその話を聞いて、少しだけ、後味の悪さを覚えた。
夜、井戸端でぼんやりしていたら、ドルグが隣に座った。
「坊主。喜べてねえな」 「はい」 「なんでだ」
俺は少し考えた。
「あの人、一度も嘘をついてないんです」
俺は言った。
「様式が違うって言ったのも本当だし、運用があるって言ったのも本当だし、閲覧を断ったのも権限の範囲です。……たぶん、あの人はずっと、そうやって生きてきたんだと思います」
ドルグは酒を飲まない手で、顎を撫でた。
「三年前、俺はあいつを殴った」 「はい」 「殴って、辺境に飛ばされて、酒に沈んだ」
彼は空を見上げた。
「今日、俺は殴らなかった。リディアの嬢ちゃんが、殴らずにやった」
ドルグは息を吐いた。
「――そのほうが、後味が悪いってのは、俺も同意する」
彼は俺の背中を、ばん、と叩いた。
「だがな、坊主。後味が悪いのは、お前が人を潰したことを潰したと思ってるからだ」
彼は立ち上がった。
「思っとけ。忘れるより、ずっといい」




