五十年ぶんの記録
「――もう一度、言ってください」
リディアが立ち上がった。
「あなた、五十年前の命令書の番号を、覚えているんですか」 「記録しています」
ゼロは答えた。
「稼働開始から現在まで、受領した命令、および周囲で発話された音声を、すべて記録しています」
石段の上で、全員が固まった。
「……全部?」
ティナが震える声で聞いた。
「はい」 「五十年ぶん?」 「はい。ただし、記録容量の制約により、音声は圧縮されています。再生には時間がかかります」
ゼロは自分の右手を見た。
継ぎ目の残る、五本指の手を。
「私は不良品です。廃棄申請の対象でした。廃棄機は、記録を消去してから解体されます」
彼女は言った。
「私は、廃棄されませんでした。ですので、記録は残っています」
■
村に戻ってから、俺たちは三日かけて、ゼロに記録を出させた。
方法は原始的だった。
ゼロが喋り、トビーとリディアが交代で書き取る。それだけだ。
五十年前の坑道の記録は、想像していたよりずっと事務的で、退屈で、そして――決定的だった。
「王暦八一二年、三月十一日。坑道主任レムス・ハウ、発話。『銀脈は尽きた。だが、黒い石が出る。あれは燃える。領都で試したら、炭の三倍持った』」
ゼロは平坦に読み上げた。
「同日。『これを申請すれば、鉱区は王領に編入される。私の取り分はなくなる』」
リディアのペンが、止まった。
「同月二十日。『閉山申請を出す。銀が尽きたとだけ書く。黒い石のことは書かない』」
ゼロは続けた。
「同月二十二日。『十年待つ。十年経てば、閉山坑道は払い下げ対象になる。そのときに私の名で買う』」
――五十年前、この坑道の黒炭は、意図的に隠されていた。
「四月三日。坑道主任レムス・ハウ、発話。『〇〇七、待機せよ。命令の解除は、私が来るまで行うな』」
ゼロの声が、そこで一度、途切れた。
「――『誰かが坑道に入ってきたら、掘っているふりをしろ。まだ銀を探していることにする』」
俺は息を呑んだ。
五十年、彼女が壁を叩き続けていた理由が、そこにあった。
あれは作業ではなかった。
偽装だった。
「レムス・ハウは、その後どうなったんですか」
俺が聞くと、リディアが手元の紙をめくった。
「調べました。王暦八一四年、死亡。閉山の二年後です」
彼女は顔を上げた。
「事故です。落馬。四十九歳」
ゼロは何も言わなかった。
言うことがなかったのだと思う。
命令を出した男は二年で死んで、命令を受けた人形は五十年、壁を叩いていた。
■
「――これ、使えますか」
俺が聞くと、リディアは書き取った紙の束を両手で持ち上げて、しばらく黙っていた。
「使えます」
彼女は言った。
「ですが、そのまま出しても、負けます」 「なんでですか」 「自動人形の記録には、法的な証拠能力がないからです」
彼女は紙を置いた。
「法典では、証言できるのは人だけです。自動人形は道具です。道具の記憶は、証拠になりません」
ティナが立ち上がった。
「そんなの、おかしいです!」 「おかしくても、そうなんです」
リディアは首を振った。
「アルバンさんなら、こう言うでしょう。『それは道具の記録であり、証言ではない』と。そして、それは正しい」
沈黙が落ちた。
焚き火が爆ぜた。
やがて、リディアが眼鏡を押し上げた。
「――ですから、証拠としては使いません」
彼女は紙束の中から一枚を抜き出した。
「使うのは、ここです」
それは、閉山申請の日付が書かれた頁だった。
「王暦八一二年三月二十日、閉山申請提出。理由『銀脈枯渇』」
リディアは言った。
「この申請書は、今も文書庫にあります。五十年前の書類は保存義務期間を過ぎていますが、鉱区関係だけは永年保存です」
彼女は顔を上げた。
「ゼロさんの記録は、証拠にはなりません。ですが――『どの棚の、どの番号の書類を見ればいいか』は、教えてくれます」
ドルグが、ゆっくりと顔を上げた。
「……つまり」 「五十年前の申請書に、虚偽記載があります」
リディアは立ち上がった。
「そして、その書類を根拠にして、グラス商会は今、鉱区の払い下げを申請しています。虚偽の閉山申請に基づく払い下げは、無効です」
彼女は紙束を抱えた。
「文書庫は一般に開放されていません。ですが――」
リディアは、初めて獰猛な顔で笑った。
「――上申書の添付資料として『第四管区、記録番号八一二の七の閲覧』を請求すれば、拒否には理由書が要ります。理由書を書けるのは、管理課長です」
「アルバンが書くんですね」 「はい」
彼女は言った。
「あの人は、自分の名前で、自分を殺す書類を書くことになります」




