管理課長アルバン
領都役所の第四管区管理課は、廊下の一番奥にあった。
通されたのは応接室ではなく、書類の山に埋もれた執務室で、その机の向こうに、痩せた五十がらみの男が座っていた。
髪をきっちり撫でつけて、爪を短く切って、机の上には塵ひとつない。
書類の山は、すべて背後の棚に整然と積まれていて、乱雑ではなく、むしろ異様に整っていた。
「アルバンです」
男は立ち上がりもせずに言った。
「ロスタの件ですね。申請書は拝見しました」
リディアが一歩前に出た。
「では、認可の見通しを伺えますか」 「見通しは、申し上げられません」
即答だった。
「審査は継続中です」 「要件は充足しています」 「充足の判断は、当課が行います」
アルバンは指を組んだ。
「たとえば、人口十五名。この十五名のうち、四名は子供です。子供は納税者ではない。よって実質の担い手は十一名です」 「法典に、成人十五名という規定はありません」 「規定にはありませんが、運用というものがあります」
彼は微笑んだ。
「運用に不安がある案件は、慎重に審査します。慎重にすると、時間がかかります。それだけの話です」
リディアの指が、計算板の縁を押さえた。
「――半年、ですか」 「さあ」
アルバンは肩をすくめた。
「一年かもしれません」
■
ドルグが前に出ようとしたので、俺は袖を引いた。
彼の顔は、三年前に机を殴った男の顔になりかけていた。
「ヴァイン君」
アルバンが、初めてこちらを見た。
「久しぶりですね。まだ書式が読めるようになっていないようだ」
ドルグの拳が固まった。
「あなたは昔から、正しいことを、正しくない形で持ってくる」
アルバンは静かに言った。
「岩喰いの件もそうでした。あなたの言い分は正しかった。だが、様式が違った。私は様式を返しただけです。あなたはそれを七回繰り返して、八回目に机を殴った」
彼は指を組み直した。
「私は何ひとつ間違っていません」
――そのとおりだった。
この男は、一度も嘘をついていない。
それが、いちばん質が悪かった。
「アルバンさん」
リディアが口を開いた。
「ひとつだけ、確認させてください」 「どうぞ」 「グラス商会の黒炭鉱区申請は、当課の管轄ですか」
アルバンの表情が、一瞬だけ止まった。
本当に一瞬で、次の瞬間には元に戻っていた。
「鉱区の申請は、産業課の管轄です」 「では、なぜあなたの棚に、産業課の書類があるのですか」
リディアは背後の棚を指した。
「上から三段目、右から四冊目。背表紙に『鉱区・第四』と書かれています。産業課の帳簿は緑の背、当課は茶の背です。あれは緑です」
室内が、静まった。
アルバンは振り向かなかった。
「――兼務です」
彼は言った。
「私は産業課の審査官も兼務しています。書類がここにあるのは、当然です」
「なるほど」
リディアは頷いた。
「では、あなたは『集落の認可を遅らせる立場』と『集落がないほうが得をする鉱区申請を審査する立場』を、同時に持っている」
彼女は眼鏡を押し上げた。
「その旨、上申書に書かせていただきます」
アルバンの目が、初めて冷えた。
「書いても構いません」
彼は言った。
「上申書は、私の課を通ります」
■
役所を出て、俺たちは石段に座り込んだ。
ドルグは何も言わずに、拳を握ったり開いたりしていた。
リディアは計算板を膝に置いたまま、動かなかった。
「――勝てないですか」
俺が聞くと、彼女はしばらくしてから、正直に答えた。
「あの人は、書式で戦うぶんには、私より強いです」
彼女は眼鏡を外した。
「私が知っているのは、外から数えた書式です。あの人は中にいる書式そのものです」
リディアは目を閉じた。
「……勝つには、書式ではないものが要ります」
そのとき、石段の一番下に座っていたゼロが、顔を上げた。
彼女はこの日、ずっと黙って荷物を持っていた。
「――質問しても、いいですか」
平坦な声だった。
「先ほどの部屋の、上から三段目、右から四冊目の帳簿ですが」
全員が振り返った。
「背表紙の下部に、五十年前の坑道記録の整理番号が記載されていました」
ゼロは言った。
「番号は、第四管区閉山坑道、記録番号八一二の七。これは、私が最後に受領した命令書の番号と、同一です」




