三十日目
三十日目の朝、六騎の馬が谷に入ってきた。
先頭に立っていたのは、あの髭の隊長――フランだった。
彼は村の入口で馬を止めて、そして、そのまましばらく動かなかった。
三十日前と、村の景色が変わっていた。
畑の畝が起きていて、水路に水が流れていて、鍛冶場から煙が上がっていて、屋根の苔が落とされていて、干し場に洗濯物が並んでいた。
子供が三人、広場を走っていた。
フランは馬を降りて、兜を脱いだ。
「……なんだこりゃ」
文官が慌てて巻紙を広げようとして、フランが手で制した。
「待て」
彼は広場まで歩いてきた。
リディアが前に出て、帳簿と申請書を差し出した。
「ロスタ集落、人口十五名。内訳、成人十名、子供五名。特産、黒炭。想定納税額、年間銀貨四十枚」
彼女は一息に言った。
「第七様式、記入済みです。ご確認を」
フランは書類を受け取って、頁をめくった。
めくる速度が、だんだん遅くなった。
最後の頁で、彼は手を止めた。
人口欄に並んだ十五人の名前を、上から順に読んでいた。
カル。トビー。ロブ。ミルク。
三年前の、ロスタの住民の名前だった。
「……ヴァイン」
フランが、掠れた声で言った。
「これ、あの村の連中か」 「ああ」
ドルグが答えた。
「散り散りになったのを、この坊主が一人ずつ拾い集めた」
フランは書類を持ったまま、村を見回した。
井戸端で、カル爺さんが荷車に座って、若い連中に何か指図していた。
畑の畝の向き。水路の掃除の順番。水門の板を塗る時期。
四十年ぶんの、誰も書き残さなかったことを、老人が喋って、トビーが帳面に書き取っていた。
フランは、長いこと、それを見ていた。
「……三年前、俺は」
彼は言いかけて、やめた。
代わりに、書類に受領の判を押した。
「持ち帰る」
彼はドルグに書類を見せた。
「要件は充足してる。俺は『充足を確認した』と書いて出す。ここまでは俺の権限だ」
そして、少し声を落とした。
「だが、認可を出すのは俺じゃねえ。……上が、素直に出すとは限らん」
ドルグが眉を上げた。
「誰が止める」 「言えねえよ」
フランは苦い顔をした。
「ただな、ヴァイン。三年前にあんたの申請を突き返した男が、今、第四管区の管理課長だ」
――アルバン。
リディアの眼鏡が、光った。
「なるほど」
彼女は静かに言った。
「では、その方が『出さない理由』を書けないように、書類を作り込みます」
■
馬が去ったあと、村は騒がしくなった。
ティナが「勝ちましたよね!」と叫んで、ミカが「まだ勝ってない」と冷静に返して、トビーが弟と一緒に走り回って、セリアが子供たちに捕まって振り回されていた。
俺は井戸端に座って、それを見ていた。
隣に、エルが立った。
「ノア」 「はい」 「顔が暗いぞ」
俺は自分の頬を触った。
「そうですか」 「勝った日に暗い顔をする男は、たいてい次のことを考えている」
図星だった。
「認可が下りなかったら、どうするかを考えてました」 「下りなかったら?」 「たぶん、また拾います」
俺は言った。
「拾える場所は、どこかにあるので。でも、そのときは十五人を連れていかないといけない」
俺は膝を抱えた。
「一人だったときは、身軽でよかったんですけどね」
エルは、ふん、と鼻を鳴らした。
「軽い荷は、風で飛ぶぞ」
彼女は俺の隣に腰を下ろす仕草をした。実際には座れていないのだが、そういう格好をした。
「私を拾ったとき、お前の袋は空同然だった。あれから半年も経たずに、袋どころか谷ひとつが埋まった」
彼女は村を見た。
「重くなったな」 「はい」 「悪い気分か」 「……いえ」
俺は笑った。
「いい重さです」
■
その晩、村の広場で、初めて十五人全員で飯を食った。
ドルグが猪を一頭潰して、ロブが炉の残り火で骨を炙って出汁を取って、カル爺さんが「この谷の野草は、雪解け前のやつが一番苦くて旨い」と言って、トビーが採ってきた。
ティナが継いだ皿に、湯気の立った煮込みが盛られた。
継ぎ目の金の線が、汁を吸って、いっそう光った。
誰も、その皿が割れていたものだとは言わなかった。
カル爺さんが匙を持ち上げて、一口すすって、それから匙を置いた。
「……この味だ」
老人は言った。
「三年、思い出せんかった」
俺の隣で、ボロが猪の骨を丸ごと咥えていた。
毛は、いつのまにか背中まで銀色になっていた。
■
夜が更けて、みんなが寝静まったころ、俺は一人で村の入口に立っていた。
谷の上に月が出ていて、水路の水面が細く光っていた。
――そのとき、街道の方向に、灯りが見えた。
松明の灯りが、一つ。
ゆっくりと、こちらへ近づいてくる。
誰かが、夜道を歩いて村へ来ていた。
俺は目を凝らした。
松明の光が、その人物の顔を照らした。
金髪だった。
左足を、わずかに引きずっていた。
「――久しぶりだな、ノア」
カイル・レイノルズが、そこに立っていた。




