わたしを拾ってください
誰も、すぐには言葉が出なかった。
セリアは自分で言っておいて、自分で真っ赤になって、両手で顔を覆った。
「あ、いえ、その、変なこと言いました、忘れてください」 「セリアさん」 「ごめんなさい、わたし、その、パーティーがあるので、カイルもまだ足が」
早口になっていく彼女に、俺は聞いた。
「カイルさんの足、どうですか」 「……先月、歩けるようになった」
セリアは顔から手を離した。
「二週間前から、また潜ってる」 「そうですか」 「わたしは、行ってない」
彼女は自分の膝を見た。
「潜る前の晩に、カイルが言ったの。『セリア、お前は残ってろ』って」
焚き火の音だけがした。
「理由は言われた。『前より弱くなった』って」
セリアは笑おうとして、失敗した。
「実際そうなの。あの日から、わたし、治癒の詠唱が三回に一回失敗するようになって。手が震えるの。……ノアが追い出された日から、ずっと」
ティナが、そっと彼女の隣に座った。
「一ヶ月、教会の施療院で奉仕してた。パーティーには席があるけど、誰も呼びに来ない。宿代はカイルが出してくれてる」
セリアは膝の上で手を握った。
「……捨てられてはいないの。捨てられてはいないんだけど」
彼女は言葉を探して、それから、小さく言った。
「置いてある、って感じ」
■
俺は、その言葉を聞いて、少し考え込んだ。
俺のスキルには縛りがある。
持ち主に大切にされているものは拾えない。それは何度も確かめた。
カイルはセリアを捨ててはいない。宿代を出して、席を残している。だから、たぶん――
「セリアさん」 「うん」 「一回、試させてもらっていいですか」
俺は手を差し出した。
セリアは戸惑いながら、その手を取った。
俺は目を閉じて、いつもどおり、口の中で言った。
「拾う」
――何も起きなかった。
視界も変わらなかった。当たり前だ。
「……駄目でした」
俺が言うと、セリアの顔が、ぐしゃりと歪んだ。
「駄目、なんだ」 「はい。あなた、捨てられてないです」
俺ははっきり言った。
「俺のスキル、捨てられたものしか拾えないので。触っても何も視えないってことは、あなたはまだ、あの人たちのものです」
セリアが、両手で顔を覆った。
嗚咽が漏れた。
俺は少し待ってから、続けた。
「だから、セリアさんが自分で戻ってこないと、無理です」 「え」
彼女が顔を上げた。
「拾えないので、来てもらうしかないです」
俺は言った。
「うちは人が足りません。明後日までにあと一人いないと、村が取り上げられます」
俺は手を差し出したままだった。
「セリアさん、うちに来てください」
■
セリアは、長いこと黙っていた。
焚き火に薪が足されて、火の粉が谷の空に昇っていった。
「……わたし、治癒が三回に一回失敗するの」
彼女は言った。
「三回に一回成功するんですね」
ティナが即答した。
「わたし、四千回やって一回も成功しませんでした」
セリアが、ぽかんとした。
「三回に一回はすごいです。すごすぎます。ここ、怪我人だらけなんです。ミカちゃんは火傷するし、トビーくんは転ぶし、ドルグさんは無理するし、ノアさんは自分の傷を言わないし」
ティナは指を折って数えた。
「わたし、人は治せないんです。物しか繋げないんです。だから、三回に一回でも人を治せる人が来てくれたら、すごく、すごく助かります」
セリアが、涙をこぼしながら笑った。
「……ずるい」 「え?」 「そんな言い方されたら、断れないじゃない」
彼女は御者台から降りた。
降りて、俺の前に立って、深く頭を下げた。
「セリア・フォルトです」
声が震えていた。
「聖女です。三回に一回、失敗します」
彼女は顔を上げた。
「――わたしを、拾ってください」
俺は首を振った。
「拾えません」
セリアの顔が固まったので、俺は慌てて付け足した。
「捨てられてないので。だから、拾うんじゃなくて」
俺は言い直した。
「――ようこそ」
■
その夜、村の広場に、十五人が並んだ。
リディアが帳簿を開いて、最後の一行を書き込んだ。
ペンを置いた彼女は、眼鏡を外して、それを袖で拭いて、かけ直した。
拭く必要があったのかどうかは、誰も聞かなかった。
「――ロスタ集落、人口十五名」
彼女は言った。
「要件、充足しました」
ティナが叫んで、ミカが金槌を掲げて、トビーが弟たちと跳ね回って、ロブが顔を覆って、カル爺さんが荷車の上で「馬鹿もんが」と言いながら泣いていて、ドルグが空を仰いで、ゼロが「記録します」と言って、ボロが「腹が減った」と言った。
俺は、その全部を、少し離れたところから見ていた。
十五人。
全員、どこかで一度、要らないと言われた人間だった。




