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祝5.000pv!【拾い物】しか能がない俺、役立たずと勇者パーティーを追放されたので、みんなが捨てたものを拾って生きていく  作者: 音


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散り散りになった名前

トビーの祖父は、宿場町の干し草置き場の隅で、毛布にくるまって座っていた。

 骨と皮ばかりに痩せていて、腰から下が動かなかったが、目だけは異様に力があった。

 俺が名乗って、ロスタの水が出ていることを伝えると、老人はしばらく何も言わずに俺を見ていた。

「――嘘だな」

 最初の言葉がそれだった。

「岩喰いがいる。水路は死んだ。あの村は死んだ」 「岩喰いは谷の奥に移りました。水門を閉めたので」 「水門」

 老人の目が、揺れた。

「水門の板は、外れてた」 「外れてました。脇に落ちてました。腐ってなかったので、そのまま溝に戻しました」

 老人の口が、ゆっくり開いた。

「……腐ってなかった、と」 「はい。誰かが毎年、油を塗ってたんだと思います」

 しばらく、何の音もしなかった。

 やがて老人は、震える手で顔を覆った。

「……わしだ」

 声が漏れた。

「毎年、春に塗った。四十年、塗った。腰をやる前の年まで塗った」

 彼は毛布の中で丸まった。

「わしが塗った板を、誰も戻さなかった。三年、誰も」

 俺は何も言わなかった。

 言うことがなかったし、この人が今、三年ぶんの何かを一度に飲み込んでいるのがわかったからだ。

 やがて老人は顔を上げて、俺を睨むみたいに見た。

「小僧、名は」 「ノアです」 「ノア。わしは歩けん。畑も打てん。水路も直せん」

 彼は自分の膝を叩いた。

「役に立たん。連れて帰っても、食う口が増えるだけだ」

 俺は少し考えて、それから聞いた。

「水門の板、いつ塗るんですか」 「……春だ。雪が消えて、水が濁ってる間に塗る」 「濁ってる間、っていうのは」 「濁りが取れると、板が乾く。乾いてから塗ると染みん」

 俺は帳面を出して、書き留めた。

「他に、そういうのありますか」 「他に、とは」 「畑でも、水路でも、屋根でも。四十年、あの村で誰かがやってたことです」

 老人は、口を半分開けたまま、俺の帳面を見ていた。

「……小僧」 「はい」 「そんなもんを、書き取る奴が、この世におるのか」

   ■

 老人はカルという名前だった。

 彼を荷車に乗せて村へ運ぶまでに、丸二日かかった。

 その二日で、トビーは思い出せる限りの名前を挙げていった。

 ミルク一家は南の農村に行ったが、去年、そこも不作で追い出されたらしい。

 ハンナ婆さんは領都の救貧院に入って、去年の冬に死んだ。

 鍛冶屋のロブは、宿場町の鍛冶ギルドで下働きをしている。

 俺たちは名前をひとつずつ潰していった。

 三日で、六人の行方がわかった。

 そのうち、生きていたのが四人で、村へ戻ると言ったのが二人だった。

「二人か」

 ドルグが帳面を覗いて唸った。

「カル爺さんとトビーと弟二人で四人、それに二人で六人。七人と合わせて十三だ」

 リディアが計算板を弾いた。

「あと二人です」

   ■

 その晩、俺は宿場町の鍛冶ギルドの裏口で待っていた。

 夜遅く、下働きの男たちが出てきて、その中に、四十くらいの背の低い男がいた。

 肩が片方だけ盛り上がっていて、腕に古い火傷の痕が幾筋も走っている。

「ロブさんですか」

 俺が声をかけると、男は身構えた。

「なんだ」 「ロスタの鍛冶場、今、火が入ってます」

 男の動きが止まった。

「炉の煉瓦、無傷でした。煙道の鳥の巣を掻き出して、目地を打ち直したら、そのまま使えました」

 俺は言った。

「あそこ、あなたが組んだんですよね」

 ロブは答えなかった。

 答えないまま、俺の顔を睨んで、それから、ぼそりと言った。

「……あの炉は、俺の親父が組んだ」

 彼は歩き出した。

「俺は、継いだだけだ」

 俺はその背中に向かって言った。

「継いだんですよね」

 ロブの足が、止まった。

「うちに、継ぎ目を隠さない鍛冶屋がいます」

 俺は続けた。

「十四歳のドワーフです。破門されてます。腕はいいんですけど、教える人がいません」

 ロブは振り返らなかった。

 しばらく背中を向けたまま立っていて、それから、掠れた声で聞いた。

「……炉の、火袋の底。石が一枚、他と色が違うのがある」

「あります」

 俺は即答した。

「赤っぽい石です。ミカさんが『これだけ焼き方が違う』って言ってました」

 ロブの肩が、震えた。

「親父が、一枚だけ、自分で焼いて入れたんだ」

 彼は袖で顔を拭って、それから、ようやく振り返った。

「――場所は、変わってねえんだな」

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