接収通告
騎馬は六騎だった。
先頭の二騎が槍を持った兵で、その後ろに文官らしい男が一人、残り三騎が護衛という並びで、隊列の組み方だけ見ても、これが戦闘のために来た隊ではないことは俺にもわかった。
それでも、村の入口に六頭の馬が並ぶと、広場は一気に狭く感じられた。
文官が馬を降りて、巻いた紙を広げた。
「王国暦八六二年、辺境伯領第四管区。当該地はロスタ跡地であり、王領帰属地である」
抑揚のない読み上げだった。
「現在、当該地において無認可の占有および経済活動が確認された。よって本日付をもって当該地を接収し、占有者に退去を命ずる」
彼は紙を巻き戻して、ようやくこちらを見た。
「代表者は」
俺が一歩前に出ようとしたら、ドルグの手が肩を掴んで、押し戻した。
「坊主、まだだ」
小声だった。
「あいつは末端だ。喋らせろ」
文官は俺たちを順番に眺めて、それから、少し眉を寄せた。
ガキが二人、少女が二人、大男が一人、狼が一匹。
どう見ても、接収を通告するに値する集団に見えなかったのだと思う。
「……代表者は」
彼はもう一度言った。
リディアが、静かに前に出た。
「ロスタ集落再興申請、申請者代理のリディア・カーツです」
文官の眉が、はっきりと動いた。
「申請」 「はい。第七様式にて、二日前に領都役所へ提出済みです。受理印はこちらに」
彼女は懐から書類の写しを出して、受理印の押された頁を開いて見せた。
文官は一瞬、書類を見て、それから顔を上げた。
「――受理は、認可ではない」
その声には、明らかに動揺があった。
「そのとおりです」
リディアは頷いた。
「ですから、私たちは現在『審査中の申請者』であって、『無認可の占有者』ではありません」
彼女は書類をもう一枚めくった。
「王国法典第四編、集落再興に関する条項、第十一条。審査中の申請地に対する接収は、審査結果が出るまで執行を停止するものとする」
文官が、明らかに固まった。
「――知らずに来られましたか」
リディアは眼鏡を押し上げた。
「でしたら、その巻紙を出した方の名前を伺えますか」
■
文官は答えなかった。
答えられなかったのだろう。
代わりに、後ろにいた護衛の一人が馬を進めた。
髭の濃い、四十がらみの男で、隊長らしい飾りを肩に付けている。
「――カーツと言ったか」
男は馬上から言った。
「潰れた家の娘が、法典を暗記して食い扶持を稼いでるって話は聞いてる」
リディアの表情は動かなかった。
「執行停止は認める。だが、審査は落ちるぞ」
男はにやりと笑った。
「集落再興の要件は人口十五。ここには六人しかいねえ。審査が落ちれば、その日のうちに接収だ。俺たちは三十日後にまた来る」
彼は視線をこちらに移して――そして、その視線が、ドルグのところで止まった。
馬上の笑みが、消えた。
「……ヴァイン副長」
ドルグは何も言わなかった。
「生きてたのか」 「死んだつもりだったがな」
ドルグは腕を組んだまま答えた。
「フラン。太ったな」 「隊長になったんでな」
男は、少しの間、複雑な顔をしていた。
「あんたが辺境に飛ばされたあと、隊はめちゃくちゃになった。あんたの申請が正しかったってことは、三年目にみんな気づいてる」
彼は言葉を切って、それから、吐き捨てるように続けた。
「気づいたところで、誰も何もしなかったがな」
ドルグは、笑わなかった。
「フラン。ひとつ聞く」 「なんだ」 「その接収の話、どこから出た」
男は答えなかった。
答えない、という形で答えていた。
しばらくして、彼は手綱を引いた。
「三十日後だ、ヴァイン。人を十五人揃えろ。揃わなきゃ、俺は命令どおり動く」
馬首を返しかけて、彼は付け足した。
「――揃ってりゃ、俺は喜んで帰る」
■
馬の一頭が、突然、いなないた。
前脚を高く上げて、乗り手を振り落としそうになるほど暴れた。
残りの五頭も一斉に耳を伏せて、後ずさりを始めた。
馬たちが見ていたのは、井戸端だった。
そこにボロが座っていた。
いつもの、猫より少し大きい毛玉のはずだった。
――大きくなっていた。
犬くらいの大きさになって、灰色だった毛が、根元から銀色に変わりかけていた。
金色の目が、まっすぐに馬を見ていた。
「なんだ、あの犬は」 「狼です」 「我は神獣ぞ」
ボロが喋ったので、兵の一人が本気で落馬した。
■
馬蹄の音が谷から消えたあと、俺は井戸端に行った。
「ボロ」 「うむ」 「大きくなってません?」 「腹が減った」
答えになっていない。
ボロは前脚で顔を洗いながら、ぼそりと言った。
「食えば大きくなる。呼ばれれば毛が生える。ここは、その両方が多い」
彼は俺を見上げた。
「小僧。あと九人だそうだな」 「はい」 「どこから連れてくる」 「これから考えます」
俺がそう言うと、ボロは鼻を鳴らして、村の入口のほうを見た。
「一人、そこにおるぞ」
振り返ると、村の入口の岩陰から、痩せた男の子が、こちらを覗いていた。




