廃坑
廃坑は、村から谷をさらに一時間ほど登ったところにあった。
入口は崩れかけた木の枠で塞がれていて、その枠に、色の褪せた札が打ちつけてあった。
『閉山 王暦八一二年』
「五十年前だな」
ドルグが札を撫でた。
「銀が出なくなって閉めた坑道は、この辺りに山ほどある」
俺は入口に立って、中を覗いた。
冷たい風が吹き出してきていて、その風は湿っていなかった。
「風が出てます」 「奥が抜けてるってことだ。崩落はしてねえな」
ミカが石を放り上げながら言った。
「入口から十歩のとこにいくらでも落ちてんの。誰も拾わないだけ」 「銀を掘りに来た連中には、燃える石はただの邪魔だからな」
ドルグが鼻を鳴らした。
「銀山ってのは、要らねえもんを外に捨てながら掘るんだ。あの坑道の脇には、五十年ぶんの『捨てた石』が積んである」
俺はその言葉を聞いて、しばらく動けなかった。
――五十年ぶんの、捨てられた石。
「行きます」
■
坑道の中は、思ったより広かった。
人が二人並んで歩ける幅があって、天井には支保工の丸太が等間隔に入っていて、そのほとんどが五十年経ってもまだ真っ直ぐだった。
ランタンを掲げると、壁のあちこちが黒く光った。
ミカが言ったとおりだった。燃える石は、掘るまでもなく、脇に積んで捨ててあった。
「これ、量あります?」 「あるどころじゃない」
ミカが積み石の山を叩いた。
「壁にも入ってる。掘れば出る。あたしの炉、これで焚けば温度がもう一段上がる」
リディアが素早く計算板を弾いた。
「燃える石――『黒炭』は、領都の相場で樽ひとつ銅貨四十枚。運べれば、これは立派な特産です」
彼女は顔を上げて、初めて声を弾ませた。
「特産欄、埋まりました」
■
問題は、人口十五名のほうだった。
その話をしながら坑道の奥へ進んでいたとき、ボロが急に足を止めた。
「小僧」 「はい」 「いる」 「魔物ですか」
ボロは鼻を鳴らして、耳をぴんと立てた。
「わからん」
その答えが、一番怖かった。
「わからんのだ。生き物の匂いがせぬのに、動く音がする」
俺たちは足音を殺して進んだ。
坑道は途中で二股に分かれていて、右は落盤で塞がっていて、左の奥から――かすかに、金属が擦れる音がしていた。
規則正しい音だった。
こつ、こつ、こつ、と、一定の間隔で、何かが石を叩いている。
角を曲がった先に、それはいた。
小さな人影だった。
背は俺の胸くらいまでで、銀色の短い髪をしていて、灰色の服を着ていて、素足で立っていた。
その子は、坑道の突き当たりの岩壁に向かって、右手で壁を叩いていた。
こつ、こつ、こつ。
俺たちが近づいても、振り向かなかった。
ランタンの光が当たって、俺は息を呑んだ。
――関節に、継ぎ目があった。
肩と、肘と、指の付け根に、うっすらと線が走っている。皮膚の色をしているが、皮膚ではない。
「……自動人形」
リディアが呟いた。
「本物、ですか。書物でしか」
その声に反応したのか、人影が、ゆっくりと振り返った。
顔は、少女のものだった。
整いすぎていて、表情がまったくなかった。
左目の下に、深いひびが一本、頬まで走っていた。
少女は俺たちを順番に見て、それから、平坦な声で言った。
「作業を、続けます」
そして、また壁を叩きはじめた。
こつ、こつ、こつ。
「おい」
ドルグが呼びかけた。
「何をしてる」 「掘削作業を、続けます」 「坑道は五十年前に閉まってる」 「……理解できません」
少女は手を止めずに答えた。
「命令の解除を、受けていません」




