役所は人を殺す
銀貨が二十枚を超えたところで、リディアが「そろそろ死にます」と言い出した。
「村が、ですか」 「私たちが、です」
彼女は帳簿を開いて、数字を指した。
「今月の収入、銀貨二十三枚。支出、十五枚。悪くありません。ですが、これは全部『無認可の集落が勝手に稼いでいる金』です」
リディアは眼鏡を押し上げた。
「継ぎ物が売れれば売れるほど、目立ちます。目立てば、必ず誰かが領主に告げ口します。そのとき、私たちには何の権利もありません」
ドルグが腕を組んだ。
「認可を取るしかねえな」 「はい。集落として認められれば、税を納める代わりに、土地の占有権が付きます」
というわけで、俺とドルグとリディアの三人は、四日かけて領都まで出た。
■
結論から書くと、その日は何も進まなかった。
領都の役所で、俺たちは三つの窓口をたらい回しにされて、最後に出てきた若い書記官が、書類を三秒だけ見て、こう言った。
「様式が違います」 「どこがですか」 「集落再興の申請は、第七様式です。これは第三様式です」 「第七様式はどこにありますか」 「配布していません。写しを取って自分で作ってください」 「どこで写せますか」 「文書庫です」 「文書庫はどこですか」 「一般には開放していません」
俺は黙って書類を受け取って、ドルグを見た。
ドルグの顔から、表情が抜けていた。
「――なあ、坊主」
役所を出た通りで、ドルグは低い声で言った。
「三年前、俺が岩喰いの討伐申請を突き返されたときも、まったく同じ言い方をされた」
彼は自分の掌を見た。
「様式が違う、と。あのときは俺も若造で、書き直して持っていって、また突き返されて、それを七回やった」
「七回」 「七回だ。八回目に、俺は机を殴った」
ドルグは笑ったが、目は笑っていなかった。
「それで辺境送りだ。理屈は正しい。俺が悪い」
リディアは、その間ずっと、突き返された書類を睨んでいた。
「ドルグさん、七回目の書類、覚えていますか」 「覚えてるわけねえだろ」 「では、聞き方を変えます。突き返した書記官の名前は」
ドルグの動きが止まった。
「……アルバンだ。今は、たぶん課長だろうよ」
リディアは頷いて、計算板をぱちりと弾いた。
「わかりました。では、その人には近づかないようにしましょう」
俺は思わず聞き返した。
「戦わないんですか」 「戦って勝てる相手なら戦います」
リディアは書類を折り畳んで懐に入れた。
「ですが役所は、人ではなく書式でできています。書式は殴っても壊れません。こちらが書式になるしかない」
■
村に戻って、リディアは三日、家から出てこなかった。
四日目の朝、彼女は目の下を真っ黒にして広場に現れて、紙の束を木箱に叩きつけた。
「作りました」 「なにをですか」 「第七様式です」
俺は紙をめくった。
人口、家屋数、水利、農地面積、想定納税額、周辺街道への影響、魔物の出没記録――俺がギルドに出した調査報告書の内容が、まったく違う形に組み替えられて並んでいた。
「これ、どうやって」 「文書庫が開放されていないなら、過去に認可が下りた集落の申請を、外から数えるだけです」
リディアは平然と言った。
「認可された集落は、必ず街道の里程表に載ります。里程表は公開されています。過去二十年で新規に載った集落は六つ、そのうち四つは同じ商会が代行しています。その商会の代行手数料は金貨二枚――つまり、四回ぶん、同じ書式が出回っています」
彼女は最後の紙を指した。
「三軒の宿で、その商会の使いが酒を飲んでいました。銅貨十二枚で、一枚だけ見せてもらいました」
ドルグが、口を開けたまま固まっていた。
俺は素直に感心して、それから最後の頁で手が止まった。
空欄が二つあった。
――『集落人口(十五名以上を要す)』
――『特産(納税可能な産物を一項目以上)』
「リディアさん、これ」 「はい。二つだけ、どうにもなりません」
彼女は疲れた顔で椅子に座った。
「私たちは六人です。うち一人は狼で、一人は剣です」 「我は神獣ぞ」 「頭数には入りません」
リディアは容赦がなかった。
「そして特産。継ぎ物は産物ではなく役務ですから、この欄には書けません」
しばらく、誰も何も言わなかった。
その沈黙を破ったのは、鍛冶場のほうから戻ってきたミカだった。
彼女は煤だらけの顔で、手に何かを持っていた。
「ねえ、話の途中で悪いんだけどさ」
ミカが差し出したのは、黒い石だった。
ただの石ではなくて、割ると中がぎらりと光る、脂っぽい光沢のある石だった。
「これ、谷の奥の廃坑で拾ってきた。あそこ、炭より燃える石が転がってる」




