継ぎ物屋
リディアが立てた最初の商売は、驚くほど地味だった。
「割れた物を、直して返します」
彼女は広場に置いた木箱の上に紙を広げて、そう言った。
「新しい物を作って売るには、材料も設備も信用も足りません。ですが、直すだけなら材料はお客が持ってきます」
ミカが渋い顔をした。
「あたし、研ぎと直しは仕事じゃないって言われて育ったんだけど」 「それは、直しでは儲からない値付けをしていたからです」
リディアは即答した。
「鍛冶ギルドの相場は、研ぎ一本で銅貨三枚です。鍛冶屋は一日に十本研いで銅貨三十枚、鍬を一本新造すれば銀貨二枚。誰でも新造を選びます」
彼女は紙に数字を書いた。
「ですが、うちには『割れた陶器を継げる娘』がいます。これは相場が存在しません」 「え、わたしですか」
ティナが自分を指さした。
「ティナさん、割れた皿は普通どうなると思いますか」 「……捨てます」 「そうです、捨てます。つまり、割れた皿の価値はゼロです。ゼロのものを皿に戻せるなら、そこで生まれる価値は、皿の値段まるごとです」
リディアは眼鏡を押し上げた。
「銅貨五枚の皿を継いで、代金は銅貨二枚いただきます。お客は三枚得をして、私たちは二枚まるごと利益です。材料代はゼロですから」
ドルグが唸った。
「うまい話に聞こえるが、そんなにあるか、割れた皿が」
「ドルグさん」
リディアは初めて笑った。
「宿場町には宿が十一軒、酒場が七軒あります。酒場が一晩に何枚の皿とジョッキを割ると思いますか」
■
最初の十日で、俺たちは宿場町の酒場を七軒回った。
「割れたやつ、捨てずに取っといてください、二日後に取りに来ます」とだけ言って回るのが俺の仕事で、七軒中五軒には笑われて、二軒は「まあ、置いといてやる」と言ってくれた。
二日後、その二軒の裏口から出てきた木箱には、割れた皿とジョッキが合わせて六十四個入っていた。
ティナは村に戻るなり、広場に全部並べて、二日で全部継いだ。
三十個を過ぎたあたりで彼女は鼻血を出して、ドルグに首根っこを掴まれて寝かされて、翌朝また並べていた。
継ぎ目は全部くっきり残った。
それを見たリディアは、少し考えてから、こう言った。
「ティナさん、継ぎ目に色を入れられますか」 「色?」 「金でも銀でもいいです。継いだ線が模様に見えるように」
ミカが手を挙げた。
「真鍮の粉ならある。屑鉄の捨て場から拾ってきたやつ」
三日後、俺たちが酒場に返した六十四個の器は、割れ目に金色の線が走った、見たこともない代物になっていた。
酒場の親父は最初、渋い顔をした。
それから、その皿に煮込みを盛って、客に出した。
三日で、注文が来た。
「割れてねえ皿にも、あの線を入れられるか」
リディアが目を細めて、俺の脇腹を肘で突いた。
「――来ましたよ」
■
その晩、村の広場で、俺たちは初めてまともな飯を食った。
銀貨十一枚が入ったからで、リディアが「うち八枚は資本に回します」と言ったので、使えたのは三枚だった。
それでも三枚あれば、肉が買えた。
ドルグが猪の肩肉を塊のまま焚き火で焙って、外側が焦げるぎりぎりまで待ってから薄く削いで、ティナが継いだ皿に載せた。
塩を振っただけで、他には何もない。
脂が炭に落ちるたびに煙が上がって、その煙の匂いだけで腹が鳴った。
「食っていいですか」 「待て」
ドルグが俺の手を叩いた。
「削いだ端から食え。冷ますな」
言われたとおり、削がれたそばから口に入れた。
外側の焦げたところが香ばしくて、内側がまだ赤くて、噛むと熱い脂が出てきて、舌が焼けるのも構わずに飲み込んだ。
ティナが「んー!」とだけ言って、あとは何も言わずに三皿食った。
ボロは丸ごと一本を咥えて隅に持っていって、誰も近づけずに独占した。
「我は神獣ぞ、これくらいは当然の」 「言い訳しながら食うな」
ミカは肉より先にジョッキの継ぎ目を確認していて、ティナに「食え」と怒られていた。
リディアは端に座って、計算板を膝に置いたまま食べていて、俺が「それ置いたらどうですか」と言ったら、真顔で「置くと不安になります」と答えた。
エルは剣の姿のまま俺の脇に立てかけてあって、当然ながら何も食えないのだが、火の匂いのするほうへ、少しだけ傾いていた。
「エルさん」 「なんだ」 「腹、減りますか」 「……減る」
俺は削いだ肉を一切れ、鍔のところに載せてやった。
当然、食べられない。
しばらくして、エルは小さく言った。
「……三百年ぶりに、飯の席にいる」




