打てる
「三百年前の技術ってやつ、これのことじゃん」
ミカは剣を膝に載せたまま、早口になっていた。
「見て、この層。折り返しが尋常じゃない。ふつう十五回とか二十回とかなんだけど、これ、数えらんない。しかも層と層の間に、なんか別のものが挟まってる」
彼女は爪で断面を弾いて、その音に耳を寄せた。
「……生きてる音がする」
鞘の中から、静かな声がした。
「生きているとも」
ミカが飛び上がって、剣を取り落とした。
「落とすな!」
エルの姿が、川原の空気の上にふわりと現れた。
銀髪、赤い目、白と金の意匠。三百年前の仕立ての服。
ミカは尻もちをついたまま、口をぱくぱくさせて、それから震える指でエルを差した。
「せ、精霊」 「エルシャインだ。呼び捨てを許す」 「うわ、うわ、うわ」 「その反応もやめろと言っている!」
ミカはひとしきり慌てたあと、急に真顔になって、四つん這いで剣に這い寄った。
「じゃあこれ、あんたが打たれたときのこと、覚えてる?」 「覚えている」 「誰が打った」 「ドワーフの女だ。名は……グレン・ドラムと言った」
ミカの動きが、完全に止まった。
川の音だけが続いて、しばらく誰も口をきかなかった。
「……ドラム」
ミカが、ようやく声を出した。
「あたしの家、ドラム。ミカ・ドラム」 「そうか」
エルはそれ以上、何も言わなかった。
言わないことが答えになっている場面というのが、世の中にはある。
ミカは自分の膝の上の剣を見下ろして、しばらく何かを堪えるみたいに歯を食いしばって、それから、ぐしゃぐしゃに顔を歪めた。
「……あたしの家、破門された鍛冶屋の家系なんだって、ずっと言われてた」
声が掠れていた。
「なんで破門されたかは誰も教えてくれなくて、でもみんな知ってて、あたしが炉に立つたびに『ドラムか』って顔されて、それでも打ちたかったから打ってたら、あたしも破門された」
ミカは剣を抱えた。
「これ、うちの婆さんの、婆さんの、そのまた婆さんが打った剣なんだ」
俺はしゃがんで、彼女と目線を合わせた。
「ミカさん」 「なに」 「これ、打ち直せますか」
ミカは涙を拭いもせずに顔を上げて、俺を見た。
「無理」
即答だった。
「今のあたしじゃ無理。炉が足りない、炭が足りない、水が足りない、鎚が足りない、腕も足りない」
彼女は指を折って数え上げて、それから、ぐっと拳を握った。
「――でも、全部揃えば打てる」
目が、完全に据わっていた。
「打てる。打てるって言ってんだろ。あたしが打てなかったら、この世界で誰も打てない」
俺は立ち上がって、川の向こうを指さした。
といっても、そちらに何が見えるわけでもない。二日歩いた先に、屋根が十九軒残っている谷があるだけだ。
「炉があります」 「え」 「煉瓦が無傷の炉が、ひとつ空いてます。水は井戸と水路があります。炭は、山ごとあります」
ミカが、ぽかんと口を開けた。
「……どこ」 「ロスタっていう村です。三年前に空っぽになって、今、俺が拾いました」
俺は手を差し出した。
「人手が足りないんですけど、鍛冶屋がいれば、たぶん一番助かります」
ミカは俺の手を見て、剣を見て、それから針金でぐるぐる巻きにした自分の金槌を見た。
そして、煤で真っ黒な手で、俺の手を掴んだ。
「行く」
■
その日の夕方、宿場町の外れで四人と一匹が合流したとき、ドルグが露骨に呆れた顔をした。
「ノア。買い出しに行って、なんで人が増えて帰ってくる」 「拾いました」 「拾うな」 「拾えたので」
ティナが手を叩いて喜んで、ミカに「ティナです! 壊れたものくっつけます!」と自己紹介をして、ミカが「あたし打つ」と返して、二秒で意気投合していた。
ボロが袋の上から顔を出して、鼻を鳴らした。
「小僧。また食い扶持が増えたぞ」 「そうですね」 「我の取り分が減る」 「減りません。増やします」
俺は空を見上げた。
銀貨は残り一枚を切っていて、種は買えたが家畜は買えず、人手は五人になったが五人ぶんの食い扶持の当てはない。
どう考えても、まだ何も解決していなかった。
それでも、二日前より確実に、この一行は「できること」が増えていた。
斬れる男がいて、繋げる娘がいて、打てる鍛冶屋がいて、腹を減らした神獣がいて、三百年ぶんの記憶を持つ剣がある。
――全部、誰かに要らないと言われたものだ。




