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第九十一話 追放されたエルフ

薄っすらと意識が浮かび上がる。


最初に聞こえたのは、誰かの話し声だった。


「……エリナ?」


「エリナ!」


聞き慣れた声。


ゆっくりと瞼を開ける。


白い天井。


消毒薬の匂い。


保健室だった。


「目を覚ました!」


「先生!」


ベッドの周りには、リリアン、ソフィア、マリアの三人が集まっていた。


「良かった……」


「本当に心配したんだから」


「無茶し過ぎよ」


三人とも安堵したように笑う。


エリナは苦笑しながら身体を起こした。


「皆さん……すみません」


その瞬間。


ゴンッ!!


鈍い音が保健室へ響く。


「いたっ!」


エリナは頭を押さえ、その場で蹲る。


目の前には。


拳を振り下ろしたフィリアが立っていた。


「……フィリアさん?」


フィリアは腕を組み、冷たい目で見下ろす。


「これは罰です」


「え?」


「最後の一撃」


「命を省みずに撃ちましたね?」


エリナは思わず目を逸らす。


図星だった。


あの場面。


外せば負け。


成功しても、自分が倒れることは分かっていた。


それでも撃った。


「あの術式は便利です」


フィリアは静かに言う。


「ですが、命を削る覚悟と命を捨てる覚悟は全く違います」


保健室が静まり返る。


「魔法は生きるために使うものです。死ぬためではありません」


エリナは小さく頭を下げた。


「……申し訳ありません」


フィリアもそれ以上は責めなかった。


「反省しているなら、それで構いません」


その時だった。


コンコン。


保健室の扉が叩かれる。


「失礼します」


静かな女性の声。


扉が開く。


そこへ入ってきたのは、一人のエルフだった。


長く美しい銀髪。


切れ長の翠眼。


年齢はフィリアより少し上に見える。


落ち着いた雰囲気を纏う女性だった。


「学園長!」


保健室の教師が慌てて立ち上がる。


王立ヴァルディア魔法学園学園長。


エルシア・ルーンヴェルク。


王国屈指の魔法学者。


歴代でも指折りの大魔導師として知られる人物だった。


「体調はいかがですか、エリナさん」


穏やかな笑み。


そのままエリナのベッドへ近付く。


「今日は、貴女が使用した二つの魔法について少しお話を――」


そこまで言った時だった。


学園長の視線がフィリアへ向く。


一瞬、表情が変わった。


「……これは珍しい方がいらっしゃいますね」


その声には、僅かな棘があった。


「お久しぶりね……エルシア」


フィリアは穏やかに一礼する。


しかし、学園長は鼻で笑った。


「まだ野蛮人の真似事を続けていたのですね。里を追放されたという話は聞いていましたが、随分と惨めなものです」


保健室の空気が凍り付く。


リリアンたちも顔を見合わせた。


フィリアは怒る様子もなく、小さく笑う。


「そうですか?私は逆に思います」


ゆっくりと学園長を見る。


「おままごとの魔法が一体、何の役に立つのかしら?」


その一言で、学園長の眉がぴくりと動いた。


エリナもようやく気付く。


(この二人……知り合い?)


いや、それ以上だ。


明らかに互いを嫌っている。


エリナは恐る恐る口を開いた。


「あの……」


二人が同時に視線を向ける。


「お二人は……どういうご関係なんですか?」


保健室が静まり返る。


フィリアは小さくため息を吐いた。


「そうですね。隠すことでもありません」


静かに椅子へ腰掛ける。


そして昔話を始めた。


「魔王討伐が終わった後、私は故郷であるエルフの里へ戻りました。長年里を離れていた私が、どれほど成長したのか、腕試しをする事になりました」


そういう話になった。


「最初は一対一でした。ですが……」


フィリアは苦笑する。


「誰も私に全力を出させることが出来ませんでした」


魔法を撃つ。


その前に懐へ潜り込まれる。


腹へ拳。


首筋へ手刀。


足払い。


一撃。


また一撃。


魔法を撃つ暇すら与えられない。


「……気付けば、私だけが立っていました」


里の魔導師たちは。


全員倒れていた。


中には、怖で失禁した者までいた。


「当然、ただでは終わりませんでした。今度は里長の側近たちまで出てきました」


それでも結果は同じだった。


全員倒した。


沈黙後、学園長は冷たく言い放つ。


「エルフとは、誇り高き魔法種族です。それを拳で殴り倒すなど野蛮人と同じ。だから貴女はエルフの面汚しとして里を追放されたのです」


フィリアは肩を竦める。


「ええ、その通りです。ですが……」


静かに笑う。


「私は今でも、自分が間違っていたとは思っていません」


学園長も笑う。


「奇遇ですね」


「私もです」


二人の笑顔。


しかし、互いの目だけは全く笑っていなかった。


やがて、学園長が静かに口を開く。


「……あの日の屈辱を晴らしさせていただこうかしら」


フィリアも立ち上がる。


「望むところです」


保健室にいた全員が固まる。


まさか、学園長とフィリア。


二人のエルフによる決闘が今まさに始まろうとしていた。


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