第九十話 Thunder Tempest.
エリナは静かに目を閉じた。
右手を前へかざし。
大きく息を吸い込む。
「……!」
その様子を見たエドワルド・フォン・ヴァイスの目が鋭くなる。
(また詠唱……!)
先ほどの雷槍。
あの未知の魔法を再び使うつもりなのだと瞬時に理解した。
だからこそ。
完成させる訳にはいかない。
「ファイアーボール!」
轟音。
巨大な火球が一直線に迫る。
しかし。
エリナは身体を捻り、紙一重で回避する。
そのまま詠唱を続けた。
「Come forth, Spirits of Thunder and Wind」
先ほどとは違う。
全く新しい詠唱。
観客席がどよめく。
「また知らない詠唱だ!」
「雷槍とは違うぞ!」
「何だ、あれは!」
教師たちも顔を見合わせる。
どの魔法体系にも存在しない。
未知の術式。
「させるか!」
エドワルドは間髪入れず第二撃を放つ。
「ファイアーボール!」
炎弾が飛ぶ。
エリナは半歩だけ身体を逸らす。
頬を掠め。
浅い火傷が刻まれる。
それでも。
詠唱だけは止めない。
「Enshroud yourselves in lightning」
その瞬間だった。
周囲の空気が震えた。
観客席の髪が揺れる。
演習場を吹き抜ける自然風。
誰も風魔法を使っていない。
それなのに。
風だけが。
ゆっくりとエリナを中心に集まり始める。
「……風?」
教師の一人が思わず呟く。
「自然風を巻き込んでいる……?」
エドワルドも異変を察知する。
(まずい)
本能が警鐘を鳴らした。
「ファイヤーランス!」
中位魔法。
その中でも高威力の一撃。
これで終わらせる。
そう判断した。
魔法陣が完成する。
真紅の槍が姿を現す。
その頃。
エリナも最後の詠唱へ入っていた。
「And blow as the southern gale」
風が唸る。
雷が鳴る。
暴風が渦を巻く。
演習場全体の空気が揺れ始める。
まだ魔法は完成していない。
だが。
術式は確実に世界へ干渉し始めていた。
エリナは右手を強く握る。
最後の一節を紡ぐ。
「Thunder Tempest」
――バギィィィィィィィィッ!!
巨大な魔法陣が足元へ展開される。
雷鳴。
暴風。
紫電。
その全てが一つとなり。
一本の巨大な雷嵐となってエリナの前方へ解き放たれた。
「行ってぇぇぇぇ!!」
エリナが叫ぶ。
同時に。
エドワルドも杖を振り下ろした。
「ファイヤーランス!!」
真紅の炎槍。
雷を纏う暴風。
二つの魔法が一直線に激突する。
ドゴォォォォォォォォォン!!
轟音。
凄まじい衝撃波。
砂煙が舞い上がる。
視界が完全に閉ざされた。
誰も。
何も見えない。
ただ。
魔法同士がぶつかり合う爆音だけが響いていた。
やがて。
煙がゆっくりと晴れていく。
最初に見えたのは。
立ったまま肩で息をするエドワルドだった。
制服は破れ。
腕には火傷。
全身へ無数の裂傷。
雷による焦げ跡まで残っている。
しかし。
倒れてはいない。
Thunder Tempestは。
確かに命中した。
だが。
あと僅か。
ほんの一歩だけ照準が右へ逸れていた。
その僅かな誤差が。
勝敗を分けた。
一方。
エリナは。
真正面からファイヤーランスを受けていた。
胸元で護符が砕け散る。
淡い光が身体を包み。
致命傷だけを打ち消す。
しかし。
衝撃までは消えない。
「っ……!」
膝が崩れる。
呼吸が苦しい。
全身から力が抜けていく。
エドワルドはゆっくりと歩み寄った。
満身創痍だった。
それでも。
静かに右手を差し出す。
「……お見事だ」
小さく笑う。
「エリナ嬢」
エリナも苦しそうに笑い返した。
「ありがとう……ございます」
その言葉を最後に。
身体から力が抜ける。
そのまま前へ倒れ込んだ。
「エリナ!」
友人たちの悲鳴が響く。
審判教師も我に返った。
「し、試合終了!」
「勝者!」
「エドワルド・フォン・ヴァイス!!」
会場は大きな拍手に包まれた。
勝者への拍手。
そして。
最後まで食らいついたエリナへの拍手。
二つの拍手が一つとなり。
演習場中へ響き渡る。
こうして。
王立ヴァルディア魔法学園。
期末実技試験は幕を閉じた。
勝者はエドワルド。
だが、その日、誰よりも観客たちの記憶へ残ったのは誰も知らない未知の魔法――《Thunder Throw》
そして、《Thunder Tempest》
二つの勇者の術式を初めて人前で披露した、一人の少女。
エリナ・フォン・ラウルだった。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




