第八十九話 賭け
試合開始から既に数分が経過していた。
「ファイアーボール!」
エドワルド・フォン・ヴァイスの攻撃は止まらない。
中位魔法を惜しげもなく連発し、エリナへ休む暇を一切与えない。
「くっ……!」
エリナは地面を蹴る。
身体を捻り。
紙一重で炎を避ける。
続けて飛来した風刃をしゃがんでかわし、そのまま転がるようにストーンランスから距離を取った。
(詠唱する暇がありません……!)
雷槍《Thunder Throw》。
あの魔法さえ完成すれば勝機はある。
しかし、詠唱を始めた瞬間に魔法が飛んでくる。
エドワルドは完全にそこだけを狙っていた。
「どうしました!君の実力はその程度ですか!!」
余裕すら感じさせる声。
エリナは唇を噛む。
(このままでは負けます)
走りながら思考を巡らせる。
雷槍では駄目。
なら、別の術式。
その瞬間、一つの記憶が脳裏をよぎった。
◇◇◇
歴史学。
勇者史の授業。
教壇へ立つ教師が、一枚の羊皮紙を掲げていた。
「これは、今代の勇者が残した術式の一つです」
教室がざわつく。
勇者が残した術式。
各国が研究を続けながら、未だに誰一人として解読できていない代物だった。
教師は黒板へ数字を書き写す。
03151305061518200819160918092019150620082008151404051801140423091404051419080818152104251321182019051222051909141409070820091404021215230119200805191521200805181407011205201221140405182005131405051920
「現在も王国魔法研究院を始め、世界中の研究者が解析を続けています。ですが、未だ成果はありません」
教室中の生徒が数字を見つめる。
当然、誰にも分からない。
エリナも、その時は首を傾げるだけだった。
(……数字だけ?術式には見えませんね)
そう思って終わった。
◇◇◇
だが、今は違う。
ミサから渡された宿題。
数字だけの術式。
あれを解読した今なら、この数字も読める。
「……!」
エリナの瞳が大きく見開かれた。
(あの術式……!読めます!)
だが、問題があった。
解読はしたが、一度も使ったことがない。
練習すらしていない。
成功する保証など、どこにもなかった。
(でも……)
横を炎が通り過ぎる。
ドォン!!
爆風が身体を揺らす。
このままでは負ける。
勝つ方法は、もう一つしか残されていなかった。
エリナは深く息を吸う。
(ぶっつけ本番。成功率なんて考えている余裕はありません)
エリナは立ち止まる。
観客席がざわめいた。
「止まった?」
「何をする気だ?」
エドワルドも僅かに眉をひそめる。
「ようやく諦めましたか?」
エリナは静かに右手を掲げる。
そして、誰も聞いたことのない、新たな詠唱を紡ごうとしていた。
その術式は、勇者が残した、未解読術式。
世界中の研究者が解けず。
王国最高峰の魔導師たちですら理解できなかった術式。
それを今、一人の少女が初めて実戦で発動しようとしていた。
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