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第九話 なぜ今まで使わなかったのか

「で?」


ダリオが言った。


「いつ作ったんです?」


昼の混雑が落ち着いた頃だった。


受付カウンターの一角で、ダリオはソロバンをしげしげと眺めている。


その目は完全に商人の目だった。


リバーシを見つけた時と同じである。


美咲は嫌そうな顔をした。


「結構前ですよ」


「結構前?」


「受付嬢を始めて数日後くらいです」


ダリオが固まった。


レナも固まった。


ガルドも固まった。


「……は?」


「え?」


「なんだと?」


三人揃って同じ反応だった。


「そんな前からあったんですか?」


レナが聞く。


「ありましたよ」


「なんで今まで言わなかったんです?」


美咲は不思議そうな顔をした。


「言う必要あります?」


「ありますよ!?」


全員の総ツッコミだった。


美咲は肩を竦める。


「別に発明したつもりもありませんし」


「いやいやいや」


ダリオが額を押さえた。


「十分発明ですから」


「そうですか?」


「そうです」


「そうなのか?」


「そうなんですよ!」


ガルドまで混ざってきた。


美咲だけが納得していない。


いつものことである。


「そもそも何で作ったんです?」


レナが尋ねる。


それが一番気になっていた。


リバーシなら分かる。


暇潰しだ。


旋盤も分かる。


リバーシ量産のためだ。


だがソロバンは違う。


仕事道具である。


美咲は即答した。


「面倒だったからです」


全員が沈黙した。


予想通りだった。


「何がです?」


「計算」


即答だった。


美咲は受付の帳簿を指差す。


「毎日使うじゃないですか」


確かに使う。


依頼達成報酬。


薬草買取。


素材換金。


冒険者ギルドは数字との戦いでもある。


「毎日毎日」


美咲は続ける。


「紙に数字を書いて」


指で机を叩く。


「計算して」


もう一回叩く。


「間違えたら最初からやり直して」


さらに叩く。


「また紙を使う」


沈黙。


「面倒じゃないですか?」


その一言に。


レナが少しだけ納得した。


「それはまあ……」


確かに面倒だった。


受付嬢の仕事で地味に時間を取られる部分でもある。


計算そのものより。


数字を書く作業が面倒なのだ。


「しかも」


美咲が続ける。


「紙代も馬鹿になりません」


「それはそうですね」


ダリオも頷く。


紙は安くない。


王都ほどではないが、それでも消耗品だ。


「だから木工所に頼みました」


「そんな軽い理由で?」


「十分な理由ですよ」


美咲はソロバンを軽く弾く。


カチャッ。


木玉が動く。


「一回作れば長持ちしますし」


カチャッ。


「紙も使わない」


カチャッ。


「インクも減らない」


カチャッ。


「書き損じもない」


カチャッ。


「計算し直す時も玉を戻すだけ」


カチャッ。


「壊れるまで使えます」


全員がソロバンを見る。


改めて考える。


確かに便利だ。


非常に便利だ。


「……あれ?」


レナが首を傾げた。


「これ商人向けじゃないです?」


静かになった。


ダリオが固まる。


ガルドが固まる。


美咲だけが平然としている。


「そうですね」


あっさり認めた。


ダリオが立ち上がった。


「ミサさん」


「なんです?」


「これ売れます」


「でしょうね」


「大ヒットします」


「でしょうね」


「商業ギルドが泣いて喜びます」


「でしょうね」


美咲は全く驚かない。


予想していたからだ。


むしろ。


だから今まで誰にも見せなかった。


「分かってたんですね?」


ダリオが言う。


「なんとなく」


「なんとなくで済ませないでください!」


レナが叫んだ。


リバーシ。


旋盤。


そしてソロバン。


美咲の「なんとなく」は信用ならない。


本人だけが気付いていない。


「特許ですね」


ダリオが真顔で言う。


「嫌です」


「即答!?」


「面倒なので」


「お金になりますよ?」


その言葉に。


美咲が少し考える。


そして。


「孤児院に寄付できますね」


ダリオが勝利を確信した。


レナも悟った。


この人は自分のためなら動かない。


だが。


誰かのためなら動く。


それがミサという人だった。


「詳しい話をしましょう」


ダリオが言う。


「仕事が終わってからですよ」


「もちろんです!」


商人は満面の笑みだった。


美咲は大きなため息を吐く。


どうやら。


ソロバンもまた平穏な日常を壊すことになりそうだった。


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