第八十六話 見覚えのある槍
王都ーー王立ヴァルディア魔法学園。
闘技演習場の観客席、その一角へ一人のエルフが静かに腰掛けていた。
長い金髪。
翠色の瞳。
落ち着いた雰囲気を纏う女性。
フィリア・エルフェルト。
現在は世界冒険者ギルド総マスターの右腕を務める参謀総長である。
本来なら、この場にいる予定はなかった。
「村から出るつもりはありませんから」
数日前。
ミサはそう言って笑っていた。
「代わりに、エリナの様子を見てきていただけませんか?術式を実戦で使うのは初めてです。私も少し気になっていますので」
その頼みを受け。
フィリアは王都まで足を運んでいた。
「さて……」
静かに水晶越しではなく、自分の目で演習場を見渡す。
「どこまで成長しているのでしょうか」
◇◇◇
第一試合。
エリナ・フォン・ラウルが演習場へ姿を現す。
フィリアは静かに腕を組んだ。
以前会った時とは、纏う空気が少し変わっている。
以前なら。
どこか自信なさげだった少女。
しかし今は違う。
堂々としている。
迷いもない。
「試合開始!」
開始の合図。
エリナは動かない。
静かに右手を掲げる。
そして。
聞き慣れない詠唱が始まった。
「Land of Shadows.」
フィリアの瞳が僅かに見開かれる。
「Ruler.」
その瞬間、フィリアは椅子から腰を浮かせた。
「まさか……」
続く詠唱。
「Scathach, grant unto my hand the beloved spear with thirty thorns.」
魔力が一点へ収束していく。
その流れ。
その術式。
見間違えるはずがない。
そして、最後の一節。
「Thunder Throw」
バチィィィィッ!!
雷鳴。
紫電。
黒い槍。
エリナの掌から一本の雷槍が姿を現した。
「……あれは」
フィリアは目を見開いた。
「雷槍……!」
勇者パーティー時代。
最前線で。
ミサが何度も使用していた魔法。
黒い雷槍は一直線に飛び。
魔族を。
悪魔を。
魔物を。
まとめて串刺しにしていった。
忘れるはずもない。
「本当に解けたというのですか!?」
思わず苦笑が漏れる。
◇◇◇
雷槍。
正式には勇者が新たに作り出した術式。
ミサ本人は、いつも笑いながらこう説明していた。
「これ、中位魔法なんだけど……完全に詐欺よ」
その言葉通りだった。
魔力消費。
威力。
性能。
何もかもがおかしい。
「例えば」
昔。
野営中。
ミサは焚き火を囲みながら説明してくれたことがあった。
「ファイアーボール一発を五ポイントとするでしょう?」
フィリアは頷いた。
「はい」
「だったら雷槍は十ポイント」
「……え?」
「ファイアーボール二発分ぐらいしか使わないの」
フィリアは思わず聞き返した。
「本当ですか?」
「本当」
ミサは笑う。
「でも性能は全然違う」
そして地面へ棒切れで図を書き始めた。
「例えばライトニングランス。あれは普通の中位魔法だけど、消費は二十ポイントぐらいに対して、雷槍はその半分の十ポイントしか消費しないのよ。これ」
フィリアは首を傾げる。
「それでは弱いのでは?」
ミサは笑顔のまま首を横へ振った。
「逆よ。ライトニングランスより雷槍の方が強い」
「え?」
「威力、貫通力、飛距離、制御性……全部雷槍の方が上」
「じゃあ……ライトニングランスって……」
「完全に下位互換になっている」
ミサはあっさり言った。
「だから詐欺なのよ。殺傷能力で中位魔法の顔してるだけで、実質下位魔法並みの消費量なのよ、これ」
その時、フィリアは心の底から思った。
(それを中位魔法と言い張るのは反則です……)
◇◇◇
フィリアは現在へ意識を戻す。
演習場では。
エリナが第二試合で雷槍を四本へ分裂させていた。
「そこまで再現できるようになりましたか……」
思わず感心する。
まだ詠唱は必要。
発動速度も遅い。
だが、勇者の作り出した術式としては十分過ぎる完成度だった。
「やはり」
フィリアは静かに微笑む。
「ミサさんの考えた術式は規格外ですね」
演習場では。
決勝戦開始の合図が響こうとしていた。
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