第八十四話 未知の魔法
期末試験当日。
王立ヴァルディア魔法学園は、普段とは違う緊張感に包まれていた。
期末試験は二部構成。
午前は学科試験。
午後は実技試験。
学科試験を終えた生徒たちは昼食を済ませ、それぞれ演習場へ集まり始めていた。
実技試験は、毎年恒例のトーナメント方式。
勝ち上がるほど評価も高くなるため、生徒たちの表情は真剣そのものだった。
一方で今年から、一つだけ新たなルールが追加されていた。
演習場入口へ掲示された試験規則。
その一番下には、太字でこう書かれている。
『近接戦闘による直接攻撃を禁止する』
その一文を見た瞬間、多くの生徒が苦笑した。
「完全にエリナ対策だな」
「決闘の影響だろ」
「まあ、あの戦い方は魔法使いじゃなかったし」
ひそひそと囁き合う声が聞こえる。
当の本人であるエリナ・フォン・ラウルは、その掲示を一瞥しただけだった。
「構いません」
小さく呟き、そのまま試験会場へ向かう。
怒ることも抗議することもない。
近接戦闘が禁止されたところで、自分の魔法が使えなくなる訳ではない。
それだけだった。
◇◇◇
試験は順調に進んでいく。
第一試合。
第二試合。
第三試合。
どの試合も、教科書通りの魔法戦だった。
火球を撃ち合い。
風刃で迎撃し。
防御魔法で凌ぐ。
魔法学園らしい、模範的な試合ばかりである。
やがて、審判役の教師が大きく声を張り上げた。
「第四試合!」
「エリナ・フォン・ラウル!」
会場がざわめく。
「あの決闘の……」
「今日は近接戦闘は禁止だぞ」
「どう戦うんだ?」
観客席の生徒たちが身を乗り出す。
対戦相手も静かに演習場へ上がる。
互いに向かい合い、開始位置へ立つ。
審判教師が二人を見回した。
「それでは、試合開始!」
開始の合図が響いた。
対戦相手は迷わず魔法陣を展開する。
火属性中位魔法。
詠唱へ移ろうとした、その時だった。
エリナは、一歩も動かなかった。
静かに両目を閉じる。
右手を胸の前へ掲げ、深く息を吸い込む。
その姿に、観客席がざわついた。
「魔法陣を展開しない?」
「何をする気だ?」
「まさか、諦めたのか?」
誰もが首を傾げる中。
エリナはゆっくりと口を開いた。
「Land of Shadows」
その瞬間、演習場の空気が変わった。
「……何だ?」
「今の詠唱か?」
「聞いたことがない言葉だぞ」
教師たちも顔を見合わせる。
古代語ではない。
神代語でもない。
精霊語でもない。
学園で教えられている、どの魔法体系にも一致しなかった。
エリナは構わず詠唱を続ける。
「Ruler」
魔力が静かに集まり始める。
今まで誰も見たことがない流れだった。
対戦相手は困惑しながらも詠唱を進める。
「何をしている!」
「そんな長い詠唱、待ってやる義理はない!」
火球が放たれる。
しかし。
エリナは避けようともしない。
防御魔法も展開しない。
ただ静かに、詠唱だけを紡いでいく。
「Scathach, grant unto my hand the beloved spear with thirty thorns」
その長い詠唱と共に。
エリナの右手へ、膨大な魔力が一点へ集束していく。
誰も見たことがない魔力制御。
誰も知らない術式。
そして――最後の一節が静かに響いた。
「Thunder Throw」
――バチィィィィッ!!
雷鳴が轟いた。
紫電がエリナの手元へ集まり、眩い閃光を放つ。
その光の中から。
一本の黒い槍が、ゆっくりと姿を現した。
演習場は、水を打ったような静寂に包まれる。
誰も見たことがない。
誰も聞いたことがない。
未知の魔法。
その光景は、生徒だけでなく教師たちすら言葉を失わせていた。
◇◇◇
同じ頃、学園長室。
壁へ埋め込まれた巨大な水晶には、演習場の試験風景が映し出されていた。
学園長は静かに紅茶を口へ運びながら、試験の様子を眺めていた。
その手が、不意に止まる。
水晶へ映るのは、黒い槍を手にしたエリナの姿。
「……?」
学園長はゆっくりと立ち上がる。
「今の詠唱は……」
聞いたことがない。
長年、魔法研究に携わってきた。
古代魔法。
神代魔法。
精霊魔法。
各国の魔法体系。
そのほとんどを学んできた。
それでも……今、目の前で使われた魔法だけは。
どの知識にも一致しなかった。
学園長は水晶を見つめたまま、小さく呟く。
「……私の知らない魔法?」
その言葉だけが、静かな学園長室へ響いていた。
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