第八十一話 数字の術式
村にも、いつもの穏やかな朝が訪れていた。
冒険者ギルド。
受付の奥にある事務室では、ミサが書類仕事に追われている。
依頼書の整理。
報告書の確認。
素材の在庫管理。
机の上へ積み上がった書類は、ようやく半分ほどまで減っていた。
「……これで終わり、と」
最後の書類へ判を押し、小さく息を吐く。
その時だった。
「失礼します」
ノックと共に、フィリアが部屋へ入ってきた。
「一段落したようですね」
「ええ。ようやくです」
ミサは椅子へ深く腰掛ける。
フィリアも向かいへ座った。
「少し、お聞きしたいことがあります」
「何でしょう?」
フィリアは少し考えるように間を置いてから口を開く。
「エリナへ渡した、あの術式です」
「ああ」
ミサはすぐに察した。
「数字だけの羅列ですね」
フィリアは苦笑する。
「勇者パーティー時代にも見ていまからね」
「ええ」
「その頃から今に至るまで、暇を見つけては解読を試みているが……」
フィリアは肩を竦めた。
「未だに一つも解けないのよ」
ミサは思わず笑ってしまった。
「そうでしょうね。でも、あれは暗号化してあるだけです。法則さえ分かれば、案外簡単に読めますよ」
「……それが分からないのです」
フィリアは本気で困っていた。
勇者パーティー時代。
参謀役だった自分は、何度もミサの術式を解析しようとした。
魔法理論。
古代文字。
神代文字。
精霊文字。
魔法陣学。
数学。
ありとあらゆる知識を総動員した。
それでも、数字の意味だけは最後まで分からなかった。
「一つ、お聞きしてもよろしいですか?」
「どうぞ」
「何故、あそこまで凝った方法を採用したのです?」
フィリアは純粋な疑問だった。
普通なら魔法陣を書けば済む。
術式文字でもいい。
わざわざ暗号へ変換する理由が分からなかった。
ミサは静かに紅茶を一口飲む。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「勇者が作り出した術式は、秘匿する必要があったからです」
フィリアは黙って耳を傾ける。
「例えば」
ミサは静かに続ける。
「リリアの異常な回復能力」
「あれですね」
フィリアも思い出す。
領主館での戦い。
骨が砕け。
内臓が潰れ。
それでも数秒で立ち上がった少女。
「あの術式は、過去の勇者が作り出した術式よ」
「……!」
フィリアの表情が変わる。
「勇者が?」
「ええ」
ミサは頷く。
「その術式をリリアの身体へ組み込んでいます。だから、あそこまで異常な再生能力を持っていたんです」
フィリアは息を呑んだ。
勇者の術式。
それだけでも十分衝撃だった。
「もちろん、誰でも使える訳ではありません。適性もありますし、身体も耐えられなければならない。ですが……」
ミサの表情が少しだけ険しくなる。
「あれは、非常に危険な術式です」
フィリアも静かに頷いた。
あんな術式が世へ広まれば。
戦争の在り方すら変わってしまう。
「私も」
ミサは苦笑する。
「自己加速なんていう危険な術式を作ってしまいましたしね」
フィリアも思い出す。
身体能力を限界以上まで引き上げる禁術。
代償として術者自身の身体を破壊する危険な術式。
「あれでも、十分危険よね」
「だからです」
ミサは机の上へ指を置く。
「術式は暗号化しまし、簡単には読めないように使用者を限定しました」
フィリアは納得したように頷く。
「確かに術式が流出しても、誰も使えませんね」
「そういうことです」
ミサは微笑む。
「もう一つ理由があります」
「まだあるのですか?」
「あります」
ミサは少しだけ楽しそうに笑った。
「何故かは分かりませんが数字だけへ変換した術式は、聖剣へ異常な数を記録できるんです」
「……異常な数?」
フィリアが聞き返す。
「過去の勇者は、多くても十個程度でした。ですが私は――」
少しだけ遠くを見る。
「二百個以上の術式を聖剣へ保存できました」
部屋が静まり返る。
フィリアはしばらく言葉を失っていた。
十個でも十分異常。
それが勇者の常識だった。
二百。
桁が違う。
「……二百、ですか」
「はい」
「正直、私にも理由は分かりません。数字へ変換した瞬間から、聖剣の容量が急激に増えたんです」
フィリアは思わず額へ手を当てた。
「なるほど……」
「だから、あの数字だったのですね」
「ええ」
ミサは静かに頷く。
「あれは暗号でもありますが、同時に聖剣へ最も効率良く記録するための形式でもあるんですよ」
フィリアは苦笑した。
「やはり、勇者の考えることは、私には理解できませんね」
その言葉に。
ミサも小さく笑うしかなかった。
【作者からのお願い】
『面白い』『続きが気になる』と思われましたら、是非ブックマーク登録をお願いします。
本作を評価していただけるととても励みになりますので、嬉しいです。




