第七十九話 異端児
決闘から数日。
エリナ・フォン・ラウルの名は、良くも悪くも学園中へ知れ渡っていた。
五対一で勝利した令嬢。
そう聞けば華々しい武勇伝のように思える。
しかし、学園内で語られていた内容は全く違っていた。
「あの野蛮な戦い方でしょう?」
「魔法使いの風上にも置けませんわ」
「拳で殴るなんて、まるで冒険者ではありませんか」
「ラウル家も落ちぶれたものですわね」
勝負では勝った。
だが、評価では負け続けていた。
◇◇◇
その影響は授業にも現れ始める。
「ではラウルさん」
教壇へ立つ教師が教科書を閉じる。
「この問題を解いてください」
黒板へ書かれたのは、上級クラスでも頭を悩ませる応用問題だった。
明らかに難易度が高い。
教室中の視線がエリナへ集まる。
(ちんけな嫌がらせね)
そう思いながらも、エリナは静かに立ち上がった。
黒板の前へ歩き迷うことなくチョークを走らせる。
さらさらと数式を書き連ね最後の式を書き終える。
「以上です」
教室が静まり返る。
教師は黒板を見つめたまま固まっていた。
計算。
術式。
理論。
どこにも誤りがない。
完全な正解だった。
「……正解です」
悔しそうな声だけが教室へ響いた。
◇◇◇
別の日。
今度は実技授業だった。
演習場には魔法標的が整然と並んでいる。
教師はエリナを見て口元を僅かに歪めた。
「ラウルさん」
「はい」
「それでは皆さんのお手本として、一番最初に魔法を撃ってください」
その場にいた生徒たちが顔を見合わせる。
(また嫌がらせだ)
誰もがそう思った。
エリナだけは静かに前へ出る。
「どの程度でしょうか」
「標的を破壊してください」
「分かりました」
エリナは片手を前へ向ける。
魔法陣が展開される。
「ライトニングランス」
雷槍が手の平から生成される。
そのまま軽く投擲した。
次の瞬間。
ドゴォォォォン!!
凄まじい轟音が響き渡る。
標的は跡形もなく消えていた。
破片すら残っていない。
地面だけが大きく抉れ、焦げ跡だけが残っていた。
演習場が静まり返る。
教師は口を開けたまま固まっている。
エリナは首を傾げた。
「これくらい、皆さんも出来ますよね?」
誰も答えられなかった。
教師は咳払いをして場を取り繕う。
「そ、それでは次!」
指名された生徒が前へ出る。
同じようにライトニングランスを放つ。
しかし、標的は壊れない。
槍が突き刺さるだけ。
別の生徒。
炎魔法。
風魔法。
氷魔法。
誰一人として標的を完全に破壊することは出来なかった。
教室中が微妙な空気に包まれる。
結果として、エリナの"お手本"だけが、異常だったのである。
◇◇◇
放課後の中庭。
エリナは友人たちと休憩していた。
クラリスが苦笑する。
「また先生困ってたね」
「困らせるつもりは無かったのですが……」
エリナも困ったように笑う。
アリシアが尋ねた。
「でも、どうしてそんな魔法の使い方が出来るの?」
「先生方でも驚いていたわ」
エリナは少しだけ考える。
「フィリア先生から魔法理論をミサ先生から体術と魔法理論の応用を教わったからです」
「応用?」
セリーヌが興味深そうに身を乗り出す。
「普通の授業では習わないの?」
「習いません」
エリナは静かに首を横へ振る。
「ミサ先生は、魔法はイメージを媒介にしているのと同時に、現象にも作用している、と教えてくださいました」
三人とも首を傾げる。
意味が分からない。
エリナは思い出すように続けた。
「フィリア先生が実験をしてくださいました」
◇◇◇
「分かりやすく説明するとね」
フィリアは右手へ小さなファイアーボールを生み出した。
揺らめく炎。
「普通なら、このまま維持できる」
そこへ、透明なガラス製のコップを取り出す。
「これで閉じ込めると――」
コップを被せた。
すると。
ボッ。
何の前触れもなく、ファイアーボールは消滅した。
エリナは目を丸くする。
「魔法を解除したんですか?」
「いいえ」
フィリアは首を横へ振る。
「解除していないよ」
「このことから分かるのは」
フィリアは空になったコップを持ち上げる。
「ファイアーボールは、大気中の酸素を取り込みながら状態を維持しているということ。つまり、魔法も現実の法則を無視している訳ではない」
その言葉は、エリナの常識を大きく変える一歩となった。
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