第七十四話 決闘(前編)
昼休み。
ヴァルディア王立魔法学園の中庭では、多くの生徒たちが友人と昼食を囲み、長期休暇中の出来事や新学期最初の授業について楽しそうに語り合っていた。木漏れ日の差し込む芝生には談笑する生徒たちの姿が広がり、校舎の窓からも賑やかな笑い声が聞こえてくる。
そんな穏やかな昼下がりの一角で、エリナも数人の友人たちと昼食を囲んでいた。
「やっぱり学園の料理は美味しいわね」
「家で食べる料理も好きだけど、ここへ戻ってくると何だか安心するわ」
「まだ授業は始まったばかりなのに、もう魔法実技が待ち遠しいわね」
他愛もない会話が続く。
長期休暇が終わり、久しぶりに顔を合わせた友人たちとの時間は心地よかった。
もっとも。
その穏やかな空気とは裏腹に、エリナへ向けられる視線だけは決して優しいものばかりではなかった。
「あの子よ」
「例の事件の……」
「領主夫人の娘でしょう?」
「犯罪者の娘が、よく普通に学園へ来られるものね」
周囲から聞こえてくる小さな囁き。
聞こえない振りをしていても、耳にはしっかり届いていた。
王都で開かれた裁判。
その内容を詳しく知る者であれば、エリナもまた事件の被害者であることを理解している。しかし、裁判を新聞の見出し程度でしか知らない者や、人伝に噂だけを聞いた者たちは違った。
『犯罪者の娘』
その一言だけが独り歩きし、真実など誰も気にしない。
貴族社会とは、そういう世界だった。
「……大丈夫?」
隣に座る少女が心配そうに尋ねる。
エリナは微笑み、小さく首を横へ振った。
「ええ。このくらいなら平気よ」
「でも、さっきからずっと……」
「気にしていたら疲れるもの」
そう言ってフォークを置く。
「この半年で、もっと大変な人たちと毎日一緒に暮らしてきたもの。このくらいの陰口なら可愛いものよ」
友人たちは顔を見合わせ、思わず苦笑した。
「その話、何度聞いても信じられないわ」
「エリナがそんな田舎で暮らしてたなんて」
「しかも先生が二人もいたんでしょう?」
「ええ」
エリナは懐かしそうに空を見上げた。
「二人とも、私なんかには勿体ないくらい凄い人たちよ」
その笑顔には、以前までの弱々しさはもう無かった。
ミサとフィリア。
二人の下で過ごした半年間は、エリナを大きく成長させていた。
その穏やかな時間を壊すように、複数の足音がこちらへ近付いてくる。
コツ。
コツ。
コツ。
周囲で昼食を取っていた生徒たちが、その姿を見るなり自然と道を開けた。
先頭を歩くのは、一人の男子生徒。
金色の髪を後ろへ流し、高級そうな制服を着こなしている。
その後ろには四人の男子生徒が付き従っていた。
ライナー・フォン・アイゼンベルク。
アイゼンベルク伯爵家の嫡男であり、同学年でも特に選民思想が強いことで有名な少年だった。
ライナーはエリナの前で立ち止まると、口元を吊り上げる。
「ようやく見つけたぞ」
エリナは静かに顔を上げる。
「何か御用ですか?」
「用があるから来たに決まってるだろう」
周囲が静まり返る。
ライナーは見下すような笑みを浮かべた。
「犯罪者の娘が、よくもまあ平然と学園へ戻って来られたものだな」
その一言で、友人たちの表情が険しくなる。
「ライナー様、それは言い過ぎです!」
「そうです! エリナさんは──」
「黙れ」
ライナーが一喝する。
「お前たちは何も知らないから庇うんだ」
そして再びエリナを見る。
「母親は犯罪者。なら娘も同類だろう?」
「そのような理屈は成り立ちません」
エリナは冷静に答える。
「裁判でも私は被害者だと認められています」
「裁判? そんなもの知るか」
ライナーは鼻で笑った。
「犯罪者の血は犯罪者だ」
「お前のような人間が、この由緒ある学園へ通う資格など無い」
その言葉を聞いた瞬間。
エリナの瞳から笑みが消えた。
「……訂正してください」
「何?」
「母は罪を犯しました」
「ですが、それは母の罪です」
「私まで侮辱される理由にはなりません」
ライナーは肩を震わせて笑う。
「だったらどうする?」
「泣いて教師にでも言いつけるか?」
周囲から小さな笑いが漏れる。
その時だった。
エリナは静かに立ち上がった。
「ライナー・フォン・アイゼンベルク」
「あなたへ決闘を申し込みます」
その場の空気が一瞬で凍り付いた。
「……決闘?」
ライナーが眉をひそめる。
この学園では、生徒同士の私闘は禁止されている。
しかし、互いの主張が平行線を辿り、話し合いで解決できない場合に限り、教師立会いの下で正式な決闘が認められていた。
勝敗によって優劣を決め、その結果には双方が従う。
それが、ヴァルディア王立魔法学園に古くから伝わる決闘制度である。
ライナーは数秒だけ黙ると、不敵な笑みを浮かべた。
「いいだろう」
「犯罪者の娘がどれほど無様に負けるか、学園中へ見せつけてやる」
その返事を聞いた周囲の生徒たちは、一斉にざわめき始める。
「決闘だって……」
「何年ぶり?」
「見に行こう!」
瞬く間に噂は学園中へ広がっていった。
新学期早々。
アイゼンベルク伯爵家の嫡男と、元領主令嬢エリナとの決闘。
その知らせは、教師たちの耳にも届き、正式な決闘として受理されることになるのだった。
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