第七十二話 新学期
リリアの暴走事件から半年。
穏やかな日常を取り戻した村では、今日も冒険者たちが依頼を受け、商人たちが店を開き、子どもたちが元気よく駆け回っていた。
そんな平和な昼下がり。
ミサの家では、エリナが一通の封筒を手に難しい表情を浮かべていた。
王都。
ヴァルディア王立魔法学園。
封蝋には見慣れた校章が刻まれている。
長期休暇終了のお知らせ。
そして、新学期開始日の通知だった。
「もう、そんな時期なんですね……」
エリナは小さく呟く。
この半年。
本当に色々なことがあった。
母親との決別。
家出。
ミサとの共同生活。
リリア襲撃事件。
そして、フィリアから受けた魔法の指導。
振り返れば、学園で学んだ一年分よりも濃い半年だったような気がする。
「どうかしたの?」
台所から戻ってきたミサが声を掛ける。
エリナは苦笑しながら封筒を差し出した。
「学園からです」
ミサは封筒を見るなり、小さく頷く。
「新学期?」
「はい。長期休暇も終わりです」
「そういえば、エリナさんは学生でしたね」
「最近はすっかり忘れていました」
その言葉に、二人は思わず笑ってしまう。
領主館を飛び出してからというもの、学園生活とはまるで別世界の日々を送っていた。
むしろ、こちらの生活の方が当たり前になっていたくらいだった。
「戻らないといけません」
「ええ」
「少し寂しいですね」
エリナは窓の外を見る。
庭ではフィリアが洗濯物を取り込み、ガルドが薪を割っている。
もう見慣れた光景だった。
「帰りたくない?」
ミサが尋ねる。
エリナは首を横へ振った。
「帰りたくない訳ではありません。ただ……」
少し言葉を選ぶ。
「ここが居心地良すぎたんです」
ミサは苦笑する。
「それは嬉しいですね」
「でも、学生の本分は勉強です」
「ちゃんと行ってください」
「はい」
素直な返事だった。
その時。
玄関から聞き慣れた声が響く。
「邪魔するぞ」
ガルドだった。
荷物を運び終えたらしく、そのまま居間へ入ってくる。
「何だ、二人して難しい顔して」
「新学期です」
エリナが封筒を見せる。
「ああ、そういう時期か」
ガルドは納得したように頷いた。
「戻るんだな」
「はい」
「学生ですから」
「休学する理由もありませんし」
ガルドは腕を組みながら笑う。
「ま、そうだろうな」
「せっかくフィリアに鍛えてもらったんだ。少しくらい学園の連中を驚かせて来い」
その言葉に、ちょうど部屋へ入ってきたフィリアが苦笑した。
「ガルドさん、人聞きが悪いですよ」
「事実でしょう?」
ガルドは笑う。
フィリアも否定はしなかった。
半年間。
エリナへ教えたのは、王都でも限られた者しか知らない魔力制御の基礎。
魔法そのものよりも、魔法使いとして最も重要な土台である。
派手さは無い。
だが、その差は数年後、大きく現れる。
「エリナさん」
フィリアは穏やかに微笑んだ。
「今のあなたなら、自信を持って学園へ戻れます」
「私は基礎しか教えていません」
「それでも、この半年間積み重ねてきたものは、決して裏切りませんよ」
エリナは少し照れ臭そうに笑う。
「ありがとうございます、先生」
先生。
その呼び方にも、もうすっかり慣れていた。
フィリアも嬉しそうに微笑み返す。
「王都では、私がいなくても一人で考えて行動してください」
「困ったことがあれば手紙を書けばいいんです」
「いつでも相談に乗ります」
「はい!」
元気よく返事をするエリナ。
その姿を見ていたミサは、どこか安心したように笑った。
半年間。
泣いてばかりだった少女はもういない。
自分の足で立ち。
前を向いて歩こうとしている。
それだけで十分だった。
新学期。
それは学生たちにとって新しい日常の始まり。
そしてエリナにとっても、新たな試練の始まりだった。
王都。
ヴァルディア王立魔法学園。
半年ぶりの登校の日が、静かに近付いていた。
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