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第七十一話 半年後

リリアの暴走事件から、半年という歳月が流れた。


季節は巡り、あれほど騒がしかった村にも再び穏やかな日常が戻っていた。領主館襲撃事件や暗殺ギルド壊滅という前代未聞の出来事は王国中を震撼させたものの、この小さな村では時間と共に少しずつ傷跡も癒え始め、村人たちも以前と変わらぬ生活を送っている。


そして、その平穏の中心にいる少女もまた、半年という時間を掛けてようやく元の生活を取り戻そうとしていた。


冒険者ギルド二階。


ミサはいつものように診察を受けていた。


診察を終えたフィリアは静かに回復魔法を解除する。柔らかな緑色の光が消えていき、ミサは何度か深呼吸を繰り返した。


半年前なら、その程度の動作だけでも胸が苦しくなり、ほんの少し魔力を動かしただけで吐血していた。


しかし、今は違う。


「どうですか?」


ミサが尋ねると、フィリアは診察結果を書き込みながら微笑んだ。


「問題ありません。内臓機能も十分に回復しています。これなら通常の生活に戻っても支障はないでしょう。もちろん、以前のような無茶さえしなければですが」


「ようやく……ですね」


半年。


本当に長い療養生活だった。


生命力を代償に転移陣を発動させた反動は想像以上に大きく、内臓は見るも無惨な状態になっていた。フィリアですら最初に診察した時は、よく生きていたものだと驚いたほどである。


それでも、半年間に渡る治療の甲斐もあり、今では魔力を操作した程度で吐血することもなくなった。


顔色も良い。


食欲も戻った。


体力も少しずつではあるが回復している。


「本当に助かりました」


ミサが素直に頭を下げる。


「半年もの間、診ていただいて」


「気にしないでください」


フィリアは穏やかに笑った。


「私も総マスターから任された仕事ですし、それに……私自身、あなたには元気になっていただきたかったですから」


その言葉にミサも小さく笑みを浮かべた。


診察を終えた二人は隣の部屋へ向かう。


そこには半年もの間、一度も目を覚ましていない少女が静かに眠っていた。


リリアだった。


寝息は規則正しく、身体にも異常は見当たらない。


外傷も無く、呼吸も脈拍も正常。


身体だけを見れば、ただ眠っているだけにしか見えなかった。


「今日も変化はありません」


フィリアが静かに告げる。


ミサはベッドの横へ腰を下ろし、リリアの前髪を優しく整えた。


「あの日の術式は、まだ続いてるみたいね」


半年経った今も、リリアの意識は永遠の輪の中を巡り続けている。


抜け道へ辿り着かない限り、彼女が目を覚ますことはない。


ミサは眠るリリアの手をそっと握り、小さく呟いた。


「もう少しだけ、待っててね」


返事は無い。


静かな寝息だけが部屋に響いていた。


この半年で変わったことは、二人だけではなかった。


エリナはすっかりフィリアへ弟子入りし、毎日のように魔法を教わっていた。


元々才能には恵まれていたものの、これまでは我流に近い使い方しか知らなかったため、王都でも指折りの魔法使いであるフィリアから基礎を学べることは、エリナにとって何より貴重な時間となっていた。


「魔力を押し出そうとしないでください。水の流れを整えるように循環させるんです」


「はい!」


庭では今日も元気な返事が響く。


魔法を教えるエルフ。


それを真剣な表情で学ぶ元領主令嬢。


最初こそ不思議な組み合わせだったが、今ではすっかり村の日常風景の一つになっていた。


そして、もう一つ。


長い工事が続いていたミサの家もようやく完成を迎えた。


リリアが暗殺者たちを返り討ちにした際、室内は血塗れとなり、その後フェンリルが帰還した際には窓だけでなく壁まで吹き飛ばしてしまったため、修繕では到底済まなかった。


結局、家は半ば建て替えとなり、以前よりも頑丈で広い家へと生まれ変わったのである。


「終わったな」


完成した家を見ながらガルドが腕を組む。


「ええ。やっとですね」


ミサも嬉しそうに笑った。


以前より広くなった部屋。


補強された壁。


新しい窓。


ようやく帰って来られる。


そんな安心感があった。


「ということは、ギルド生活も今日で終わりですね」


フィリアが少しだけ寂しそうに呟く。


療養のため、ミサは半年もの間ギルド二階の部屋を借りて生活してきた。


看病。


治療。


護衛。


全てを考えれば最善の選択だった。


だが、それも今日で終わる。


「長かったですね」


「終わってみりゃ、あっという間だったけどな」


ガルドが苦笑する。


荷物はそれほど多くない。


衣類や生活用品。


数冊の本。


そして、隣室で眠り続けるリリア。


彼女もまた、新しい家へ運ぶことになる。


ミサは新しい我が家を見つめ、小さく息を吐いた。


「……帰りましょうか」


半年ぶりに帰る自分の家。


長い療養生活はようやく終わりを迎え、新たな日常が静かに始まろうとしていた。


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