第七十話 永遠の輪
数日後。
冒険者ギルド二階。
ミサの部屋。
窓から差し込む柔らかな日差しの中、フィリアは静かに回復魔法を施していた。
淡い緑色の光がミサの身体を優しく包み込む。
内臓の損傷、生命力の枯渇。
その全てを少しずつ修復していく。
だが、治療は思うように進まなかった。
「……やはり」
フィリアは眉をひそめる。
「どう?」
ベッドへ腰掛けたまま。
ミサが苦笑する。
「昨日よりは回復しています。ですが、本当に僅かです。これほど治療効率が悪い患者は初めて見ました」
ミサは肩を竦めた。
「生命力そのものを削っちゃったからね。回復魔法は傷は治せても、失われた生命力までは完全には戻せないもの」
フィリアは静かに頷く。
その理屈は理解していた。
だからこそ。
ミサが今も生きていること自体が奇跡だった。
回復魔法が一段落すると。
フィリアは隣の部屋へ視線を向けた。
「リリアは……」
「まだ起きないわ」
ミサは静かに答える。
「術式がまだ続いてるから」
フィリアは以前から気になっていたことを尋ねた。
「領主館で撃ち込んだ術式ですが、あれは、一体どのような術式なのですか?」
ミサは少し考え込む。
どう説明すれば分かりやすいか。
頭の中で整理してから口を開いた。
「ああ、あれはね。意識を永遠の輪へ閉じ込める術式よ」
フィリアは首を傾げる。
「……申し訳ありません。今一つ理解できません」
「そうよね」
ミサは苦笑した。
「もう少しかみ砕いて説明するわ」
ベッド脇の紙を一枚取り。
三つの丸を書く。
「まず、Aという出来事。Bという出来事。Cという出来事」
三つを順番に並べる。
「この三つを用意する。そして、AとCが繋がるように出来事を組み立てるの」
フィリアは真剣な表情で聞いている。
ミサは紙へ矢印を書き込んだ。
A→B→C→A。
そして、CからAへ戻る。
「例えば、Aで『来い!』って叫ぶ。Bで何か印象に残る出来事を起こす。Cで攻撃を受ける。その攻撃を受けた瞬間、Aと全く同じ状況になるよう術式を組んでおくの」
フィリアの目が少し大きくなる。
「つまり……」
ミサは頷いた。
「攻撃を受けた瞬間、またAへ戻る。そして、AからB。BからC。CからまたAへと永遠に繰り返す」
部屋が静まり返る。
フィリアは紙を見つめたまま呟く。
「つまり……今のリリアは、意識を無限に巡回している……ということですか」
「そういうこと」
ミサは静かに頷く。
「抜け道へ入らない限り、永遠に眠ったままよ」
フィリアは思わず息を呑んだ。
「そんな術式が……」
ミサは紙を畳みながら続ける。
「しかも、この術式は一度完成すると厄介なのよ。一度発動してしまえば、意識そのものが巡回を続けるから魔力供給も外部からの維持も何も必要ない。術式そのものが自律して動き続ける」
フィリアは思わず額へ手を当てる。
「では……普通の術式解除では?」
「意味がないわ」
ミサは即答した。
「外側を壊しても、中ではもう完成した輪が回り続けている」
「……恐ろしい術式ですね」
ミサは遠くを見るように呟く。
「条件が厳しい上に、使うメリットがないから隅っこに追いやっていた術式よ?それに、今回は……リリアを救う為だからね」
その言葉に。
フィリアは静かに隣の部屋を見る。
今も眠り続けるリリア。
その意識は、誰にも気付かれることなく、永遠に続く輪の中を巡り続けている。
しばらく沈黙が流れた後、フィリアが小さく尋ねた。
「……その術式を解除する方法はあるのですか?」
ミサは静かに頷く。
「一応、あるわ。この術式は、他人が無理やり壊すための術式じゃない。本人が、自分自身で終わらせるための術式なの」
フィリアは続きを待つ。
ミサはゆっくりと言葉を続けた。
「この輪から抜ける方法は一つだけ。自ら己の結果を受け入れ、もう逃げなくなった時、その瞬間に、自然と術式は解除される」
フィリアはその言葉を噛み締めるように繰り返した。
「自分自身で……受け入れる」
「そう」
「この術式は罰でも牢獄でもない。答えを出すまで、何度でも考え続けるための場所。だから、本人が答えを見つけた瞬間に終わる」
部屋に再び静寂が訪れる。
フィリアはゆっくりと隣室へ視線を向けた。
眠り続けるリリア。
その寝顔は穏やかだった。
だが、の内側では、永遠とも思える時間を彷徨い続けている。
「……リリアに、それができますでしょうか?」
不安そうな問いだった。
ミサは少しだけ微笑む。
「可能性がゼロじゃないから、後は、リリア次第よ」
その答えに、フィリアは静かに頷いた。
今、自分たちに出来ることは何もない。
ただ、一人の少女が、自分自身と向き合い。
答えへ辿り着く日を信じて待つしかなかった。
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