第六十九話 領主の決断
リリアによる領主館襲撃事件。
その爪痕は。
村だけでは終わらなかった。
事件の報告は即日。
ヴァルディア王国王都へ届けられた。
そして。
裁判。
領主夫人は暗殺者を送り込んだ首謀者として有罪判決を受けた。
貴族籍剥奪。
全財産没収。
爵位剥奪。
王国法に則り。
全てを失うこととなった。
◇
事件から数日後。
領主館。
執務室。
机へ積み上がる書類を前に。
領主。
アーヴィン・フォン・ラウルは深くため息を吐いた。
「……終わったな」
誰へ向けた言葉でもない。
独り言だった。
目の前には。
王都から届いた正式な通達。
領地没収。
そう書かれていた。
「やはり……そうなるか」
当然だった。
領主夫人が起こした事件とはいえ。
責任は領主家全体へ及ぶ。
アーヴィンも覚悟していた。
だが。
続く一文を読み。
思わず目を丸くした。
『領地所有権はヴァルディア王国国王オズワルド・エルンスト・フォン・ローゼンクロイツ陛下へ帰属する。現領主アーヴィン・フォン・ラウルを、暫定領主代行として任命する』
「……代行?」
何度も読み返す。
間違いではない。
領地は王家直轄となる。
しかし。
新たな領主は置かれない。
今まで通り。
アーヴィンが領地運営を続けるよう命じられていた。
理由も記されている。
新たな領主を派遣すれば。
引き継ぎだけで数か月。
混乱は避けられない。
さらに。
今回の事件において。
アーヴィン本人は完全な被害者だった。
領主館は壊滅。
騎士団も壊滅。
妻は逮捕。
娘は家を出た。
失うものは全て失っている。
その事情を考慮し。
国王オズワルドは温情措置を取ったのだった。
「……陛下」
アーヴィンは静かに頭を下げた。
「この御恩は、必ず」
だが。
安堵する暇など無かった。
机には。
まだ山のような書類が積まれている。
騎士団再編。
領主館修繕。
遺族への補償。
村への支援。
王都への報告。
やるべきことは山積みだった。
そこへ。
執事が部屋へ入って来る。
「旦那様」
「どうした」
「奥様のご実家ですが……」
アーヴィンは目を閉じる。
「……やはり来たか」
領主夫人の実家。
名門貴族である彼らは。
今回の判決へ異議を申し立てた。
しかし。
その結果は。
さらに悪いものとなった。
夫人の犯罪を知りながら黙認。
資金援助。
証拠隠滅。
数々の事実が明るみに出た。
結果。
幇助罪。
王命への反逆。
複数の罪状で裁かれ。
一族は没落した。
「お嬢様も……」
執事が言葉を濁す。
アーヴィンは静かに頷いた。
「ああ」
「全て終わった」
夫人の実家も。
その娘たちも。
それぞれ相応の処分を受けた。
静かな沈黙。
やがて。
アーヴィンは一枚の書類へ目を向ける。
離婚届。
既に受理済み。
妻は貴族籍を失った。
ならば。
婚姻関係も存在しない。
「……これで、本当に終わりだ」
小さく呟く。
そして。
最後の書類を手に取った。
親権変更届。
養育権者。
アーヴィン・フォン・ラウル
一人娘。
エリナ。
その親権は正式に父親であるアーヴィンへ移された。
「帰って来るかどうかは……あの子次第だな」
苦笑する。
家を飛び出した娘。
その理由も。
今なら理解できる。
「あの子は……間違っていなかった」
静かな部屋へ。
その言葉だけが響いた。
領地は失った。
爵位も以前ほどの力は無い。
騎士団も壊滅した。
それでも。
守るべき領民はいる。
帰る場所を失った娘もいる。
アーヴィンは立ち上がる。
机の上の書類を手に取り。
静かに歩き出した。
「さて……忙しくなるな」
領主としてではなく。
一人の父親として。
そして。
領民を守る責任者として。
アーヴィン・フォン・ラウルの新たな日々が始まろうとしていた。
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