第六十八話 新たな居候
話すことを全て話し終え、結界を解除する。
その時だった。
「終わりましたか?」
聞き慣れた少女の声。
三人が振り向く。
切り株へ腰掛けていたのは。
私服姿のミサだった。
「なっ……」
一番驚いたのはフィリアだった。
探知魔法にも。
気配察知にも。
何一つ反応が無かった。
「どうやって私たちの居場所を?」
ミサは苦笑する。
「簡単ですよ。この村で魔法を使えるのは居候中のエリナさんくらいです。そのエリナさん以外が魔法を使えば、すぐ分かりますよ」
フィリアは思わず額へ手を当てた。
「……そうでした。完全に盲点でした」
村全体が。
ミサにとって巨大な警戒網だったのである。
ガルドは笑う。
「だから言ったろ。こいつは変なところだけ勘がいい」
ミサは立ち上がり。
アルドリックへ頭を下げる。
「久しぶりね……アルドリックさん」
アルドリックは静かにミサを見る。
そして。
少し表情を曇らせた。
「随分とやつれたな」
「否定はできません」
顔色は真っ白。
頬も痩け。
立っているだけでも辛そうだった。
フィリアは改めてミサを見る。
(本当によく生きていますね……)
ミサは小さく笑う。
「当分は療養生活を送るつもりです。仕事も復帰できるのは、まだ先でしょうね」
アルドリックはため息を吐く。
「……お前が言うと不安しかねぇ」
「そうですか?」
「そうだ。お前は問題を引き寄せる体質なのか、問題の方から寄って来るのか分からねぇが、結果だけ見りゃとんでもねぇ事件ばっかりだ」
ガルドも苦笑する。
「否定できねぇ」
アルドリックはフィリアへ視線を向けた。
「フィリア」
「はい」
「お前、この村へ残れ」
「……え?」
「今後問題が起きたら、お前が対処しろ。こいつ一人じゃまた無茶をする」
「いや、しませんよ?」
「信用できん」
「信用できねぇ」
アルドリックとガルドが即答する。
ミサは肩を落とした。
「酷くありません?」
「今までの実績が悪い」
フィリアは小さく笑う。
「私も、その方が良いと思います。ミサさんのお身体はまだ安心できる状態ではありません。それにリリアもまだ目を覚ましていません。誰かが近くにいた方が安心です」
「決まりだな」
こうして。
冒険者ギルド本部直属。
総マスター補佐。
エルフのフィリアは。
期間未定で、この小さな村へ駐在することとなった。
◇ ◇ ◇
翌日。
村の冒険者ギルドは。
いつもとは違う朝を迎えていた。
「おはようございます」
受付へ立ったのは。
銀髪のエルフ。
フィリアだった。
その姿に。
冒険者たちは思わず足を止める。
「受付嬢変わったのか?」
「耳長っ!」
「エルフだ!」
小声でざわつくギルド内。
こんなド田舎にエルフがいる事がかなり珍しかった。
いたとしても、王都などの人の多い所にしかいない。
フィリアは気にすることなく仕事を始める。
「では、本日分の処理を開始します」
その瞬間。
机の上の書類が一斉に宙へ舞った。
羽ペン。
判子。
インク壺。
全てが浮かび上がる。
依頼書は自ら飛び。
分類され。
判子が押され。
棚へ収まっていく。
「……」
「……」
「……」
冒険者たちは呆然と眺めるしかない。
「何だあれ」
「受付って魔法でやる仕事だったか?」
「初めて見たぞ」
「次の方、どうぞ」
「あ、はい!」
依頼書だけがふわりと浮き。
内容確認。
登録。
受理。
数秒で終わる。
処理速度は。
ミサ以上だった。
奥から眺めるガルドが呟く。
「便利だな」
エリナも感心している。
「ここまで魔法を器用に使う方は初めて見ました」
フィリアは元々。
冒険者ギルド本部所属。
総マスター補佐。
受付だけではない。
書類整理。
人員管理。
依頼精査。
本部の事務全般を担ってきた。
伊達にアルドリックの右腕ではなかった。
そんな様子を見ながら。
ガルドは苦笑する。
「王都じゃもっとガラの悪い冒険者ばかり相手してると思ってた」
「私もそう思っていました」
フィリアは微笑む。
「ですが、皆さんとても礼儀正しいですね」
「この村じゃガラの悪い冒険者は長続きしねぇ。ミサがいるから問題児ばかり集まると思ってたんだろ?」
「はい」
フィリアは素直に頷いた。
しかし。
実際は違う。
並ぶのは駆け出し冒険者。
薬草採取。
荷物運び。
護衛依頼。
平和そのものだった。
「あまりにも普通ですね……」
思わず本音が漏れる。
ガルドは笑う。
「田舎だからな。平和なのが一番だ」
フィリアも静かに頷いた。
「ええ……本当に」
その穏やかな空気を眺めながら。
フィリアは心の中で呟く。
(この平和が、少しでも長く続いてくれれば良いのですが……)
その願いとは裏腹に。
この村には。
世界で最も問題を引き寄せる元勇者が。
今も静かに眠っていた。
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