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第七話 真夜中の酒盛り

その日の営業は終了した。


最後の冒険者が帰り。


酒場の客もいなくなり。


レナも帰宅した。


静まり返った冒険者ギルド『銀麦亭』。


美咲は受付カウンターの帳簿を閉じる。


「よし」


今日の仕事も終わりだ。


戸締りを確認し、帰ろうとしたところだった。


「ミサ」


後ろから声が掛かった。


振り返る。


そこにはガルドがいた。


「なんです?」


「一杯付き合え」


嫌な予感がした。


非常に嫌な予感がした。


ガルドが取り出したのは一本の酒瓶。


見たことのないラベルだった。


「それ」


「秘蔵だ」


「嫌な予感しかしません」


「安心しろ」


「その言葉で安心できたことありません」


ガルドは笑った。


そして酒場部分の戸締りを再確認する。


窓。


裏口。


正面扉。


全て施錠。


さらに防音用の魔道具まで起動する。


完全に密室だった。


「そこまでする必要あります?」


「今日の話は聞かれたくねぇ」


美咲はため息を吐いた。


そして向かいの席へ座る。


ガルドが酒を注ぐ。


琥珀色の液体が揺れた。


「乾杯」


「乾杯」


グラスが軽く触れ合う。


一口飲む。


美味い。


少し悔しい。


「それで?」


美咲が聞く。


「何の話です?」


ガルドは酒を飲む。


そして言った。


「今日の昇級試験だ」


やはりそれか。


「やりすぎたと思います?」


「思う」


即答だった。


美咲は苦笑する。


「ですよね」


「森が一部消し飛んでたぞ」


「横を通しただけなんですけど」


「十分だ」


反論できなかった。


確かにやりすぎた。


少しだけ。


本当に少しだけ。


「でも必要だったんです」


美咲はグラスを回しながら言う。


「D級からは護衛任務があります」


「ああ」


「人の命を預かる仕事です」


ガルドは黙って聞いている。


「ゴブリン退治とは違います」


「そうだな」


「護衛対象が死ねば失敗」


「……」


「自分が死ねば終わり」


「……」


「逃げることもできません」


美咲は静かに続けた。


「だから知ってほしかったんです」


「何をだ?」


「自分より圧倒的に強い相手がいることを」


ガルドは目を細める。


美咲は遠くを見るような目をしていた。


「冒険者って上を目指しますから」


「そうだな」


「E級がD級を目指す」


「……」


「D級がC級を目指す」


「……」


「その先も同じ」


だが。


現実は違う。


どこかで必ず壁にぶつかる。


自分ではどうにもならない相手。


理不尽な実力差。


絶望。


「挫折する覚悟も必要なんですよ」


ガルドは酒を飲む。


そして小さく笑った。


「お前らしいな」


「そうですか?」


「ああ」


昔からそうだった。


自分が味わった地獄を。


他人には味わわせたくない。


それが美咲という人間だった。


しばらく沈黙が流れる。


ガルドが二杯目を注ぐ。


そして。


不意に口を開いた。


「しかし」


「?」


「A級冒険者か」


美咲が吹き出した。


「それですか」


「冒険者どもは信じてたぞ」


「まあ嘘じゃないですし」


正確には違うが。


「A級だったことはある」


「ああ」


「でも今は違います」


ガルドは頷く。


知っているからだ。


美咲の本当の階級を。


「S+級」


静かな声だった。


冒険者の最高位。


S級。


その更に上。


勇者専用階級。


王国史上でも数人しか存在しない。


魔王討伐を成し遂げた者だけに与えられる称号。


それがS+級だった。


「もう何年も聞いてねぇな」


「私もです」


美咲は苦笑した。


その称号を名乗るつもりもない。


名乗れば終わる。


平穏な生活が。


全部。


「今も捜索は続いてるのか?」


「続いてますね」


ガルドがため息を吐く。


王都も諦めが悪い。


勇者失踪から既に数年。


それでも未だに捜索願は取り下げられていない。


理由は単純だった。


「冒険者カードですよ」


美咲は懐からカードを取り出した。


黒いカード。


普通の冒険者では持てない特別な一枚。


「便利ですよね」


「便利すぎる」


冒険者カード。


身分証明。


実績記録。


依頼管理。


様々な機能がある。


だが。


一般には知られていない機能がある。


「契約魔術」


ガルドが呟く。


美咲は頷いた。


「発行時に組み込まれてます」


「消息確認か」


「そうです」


冒険者カードには所有者の生命反応が記録される。


所有者が死亡した場合。


カードの背景が無地になる。


それだけだ。


だが。


それだけで十分だった。


「つまり」


ガルドが言う。


「お前のカードは」


「生きてます」


美咲は苦笑する。


「だから王都は諦められない」


勇者は生存している。


それだけは確定している。


どこにいるか分からない。


何をしているかも分からない。


だが。


生きている。


だから捜索は終わらない。


「面倒だな」


「本当に」


二人は同時にため息を吐いた。


静かな夜だった。


窓の外では虫の声が聞こえる。


ラウルの夜。


王都とは違う。


静かで。


平和で。


何も起こらない夜。


美咲はグラスを傾ける。


「私はここで十分なんですけどね」


本心だった。


英雄なんてもういい。


勇者なんてもういい。


魔王討伐も。


世界救済も。


全部終わった。


今はただ。


受付嬢として生きていたい。


それだけだった。


だが。


ガルドは知っている。


そんな平穏を望む人間ほど。


なぜか面倒事に巻き込まれるのだ。


だから何も言わなかった。


ただ酒を飲む。


真夜中の冒険者ギルド。


誰もいない酒場で。


元勇者と元王都冒険者は静かにグラスを傾けるのだった。


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