第五十九話 狂信の刃
一日の業務が終わる。
病弱モードとなったミサは、本日も半日だけ受付業務をこなし、定時より早く業務を終えていた。
冒険者ギルドの戸締まりを終え、ガルドへ一礼すると、そのまま二階の部屋へ戻る。
「ただいま戻りました」
扉を開けると、部屋にはエリナがいた。
「お帰りなさい」
「ただいまです」
他愛もない挨拶を交わした後、ミサは部屋を見渡して違和感に気付く。
普段なら真っ先に飛び付いてくるリリアの姿がない。
エリナがいるから隠れているのだろうと思い、ミサはベッドへ近付くと、そのまましゃがみ込んで下を覗いた。
「……あれ? リリア?」
返事はない。
押し入れ。
机の下。
収納棚。
部屋中を探してみても、どこにも姿はなかった。
ミサは小さく眉をひそめる。
「まさか……」
胸騒ぎがする。
嫌な予感が頭をよぎる。
しかし、すぐに首を横へ振った。
「……考え過ぎですね」
自分へ言い聞かせるように呟き、その場を後にした。
◇◇◇
その頃。
領主館では夜も更け、門番が交代する時間となっていた。
「交代だ」
「ああ」
二人が入れ替わろうとした、その時だった。
暗闇の向こうから、一人のシスターが静かに歩いてくる。
純白の修道服。
長い銀髪。
無表情のまま、真っ直ぐ門へ向かっていた。
「止まれ! ここは領主館だ! 何者だ!」
門番が制止する。
しかし、シスターは一切答えず、そのまま歩き続ける。
「止まれと言っている! これ以上近付けば、不審者として斬る!」
門番は剣を抜き、最後の警告を発した。
それでもシスターは止まらない。
次の瞬間。
リリアは腰の銃剣を静かに抜いた。
――――ドォォォン!!
銃剣が抜かれた瞬間、凄まじい衝撃波が解き放たれた。
門は門番ごと吹き飛び、石壁まで砕け散る。
轟音は領主館全体へ響き渡り、夜の静寂を切り裂いた。
「敵襲!!」
「侵入者だ!!」
館中から騎士たちが駆け付け、数十人が一斉にリリアを取り囲む。
「止まれ! 武器を捨てろ!」
リリアは騎士たちを一瞥すると、小さく呟いた。
「……邪魔です」
その言葉を合図に、騎士たちが一斉に襲い掛かる。
銀色の軌跡が夜を走った。
次の瞬間。
鎧ごと騎士が両断される。
鮮血が舞い、悲鳴が響く。
立ちはだかる騎士は、盾ごと、鎧ごと、一太刀で切り伏せられていく。
誰一人として、その歩みを止めることはできなかった。
やがてリリアは正面玄関へ辿り着く。
巨大な扉へ向かって銃剣を横一閃。
分厚い扉は綺麗に二つへ割れた。
その奥で、一人の騎士が待ち構えていた。
「止まれ」
領主館の元見習い騎士。
今は『剣断ち』の称号を持つ騎士である。
その剣はリリアの銃剣を真正面から受け止めた。
「……何?」
騎士の表情が驚愕へ変わる。
斬れない。
己の剣断ちが、この剣だけは斬れなかった。
その一瞬の隙。
リリアの蹴りが腹部へ突き刺さる。
「がはっ!」
騎士の身体は一直線に吹き飛び、外壁へ激突した。
これで館を守る者はいなくなった。
リリアは歩みを止めない。
立ちはだかる者を次々と斬り伏せながら、領主館は血で染まっていった。
◇◇◇
奥の間。
領主夫人は返り血を浴びたシスターを前に震えていた。
「来るなぁ!!」
巨大な炎。
雷。
暴風。
氷槍。
上位魔法を立て続けに放つ。
しかし、その全てが銀閃と共に真っ二つとなる。
何度撃っても。
何度放っても。
魔法は紙のように切り裂かれた。
その光景を見て、夫人の脳裏へ浮かぶ。
受付嬢。
ミサ。
決闘の時、人差し指一本で魔法を切り裂いた少女。
「き、貴様は一体何なんだぁ!!」
リリアは何も答えない。
その瞳には、ただ憎悪だけが宿っていた。
夫人は最後の防御魔法を展開する。
だが。
リリアは躊躇なく一閃。
防御魔法すら切り裂き、そのまま退魔の銃剣が夫人の両掌を貫き、背後の壁へ縫い付けた。
「ぎゃああああっ!!」
リリアは静かに歩み寄る。
返り血で赤く染まった修道服。
感情の見えない瞳が夫人を見据える。
ゆっくりと銃剣を構え、その切っ先を夫人の眉間へ向けた。
「あなたは震えながらではなく……藁のように、惨めに死になさい。」
怒鳴り声ではない。
静かな声だった。
だからこそ。
夫人は心の底から恐怖した。
目の前のシスターは、本気で自分を殺すつもりなのだ。
リリアは静かに銃剣を振り上げる。
その瞬間。
ガシッ。
誰かがその腕を掴んだ。
「そこまでだ」
ガルドだった。
◇◇◇
少し前。
冒険者ギルド。
ミサはガルドへ真剣な表情を向けていた。
「ガルドさん……嫌な予感がします。リリアがいません。もしかすると、領主館へと向かったかと思うので、至急領主館に向かってください。それと、聖国へ神官の派遣を要請してください。リリアの名前を出せば、すぐ動いてくださると思います」
ガルドは何も聞き返さなかった。
緊急用ギルド回線を使い、聖国へ救援要請を送り、自らは馬へ飛び乗って領主館へ向かった。
間に合ってくれ。
その願いも虚しく。
到着した領主館は、既に地獄と化していた。
◇◇◇
ガルドはリリアの腕を掴んだまま、小さく息を吐いた。
「……危なかったな」
あと一瞬遅ければ、夫人は確実に死んでいた。
「助けろ! 何をしている! 私は貴族です! 早くその女を殺しなさい!」
壁へ縫い付けられたまま夫人が喚き散らす。
ガルドは一瞥すると、冷たく言い放った。
「……黙っていろ」
「何ですって!? 私は貴族ですわよ!」
「ここまで事態を悪化させたのは、あんた自身だ。だから何だ」
夫人は言葉を失う。
そのやり取りを見ていたリリアは、ゆっくりとガルドへ視線を向けた。
その瞳から理性は消えていた。
敵。
そう認識した。
リリアは迷わず銃剣を振るう。
ガルドは咄嗟に大剣を抜き、真正面から受け止めた。
激しい金属音が夜空へ響く。
「チッ……」
小さく舌打ちする。
ミサなら気絶させることもできただろう。
だが、自分にはそんな器用な真似はできない。
止める方法は一つしかなかった。
「死んだら……すまん」
ガルドはそう言い残し、大剣を構える。
そして、領主館を舞台に、二人の激戦が幕を開けた。
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