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第五十七話 間話 総マスターの憂慮

冒険者ギルド本部。


世界中へ支部を持つ冒険者ギルド。


その最上階にある執務室で、一人の老人が難しい顔をしていた。


世界冒険者ギルド総マスター。


アルベルト・グランヴェル。


机の上へ置かれた報告書を見つめ、大きくため息を吐く。


「……とんでもないことをしてくれたな」


そこへ一人の女性が入室する。


長い金色の髪。


尖った耳。


総マスターの右腕にして参謀総長。


Sランク冒険者でもあったエルフ。


フィリア・エルフェルト。


「お呼びでしょうか、総マスター」


「ああ、座ってくれ」


フィリアは静かに椅子へ腰掛ける。


アルベルトは一枚の報告書を彼女へ差し出した。


「読んでみろ」


フィリアは報告書へ目を通す。


数秒後。


「……暗殺ギルド壊滅」


僅かに眉が動く。


「しかも本部だけではありません。全支部同時襲撃。一夜にして組織そのものが消滅しております」


アルベルトは腕を組む。


「下手をすれば国家間の戦争へ発展しかねん案件だ」


暗殺ギルド。


世界中の裏社会へ根を張る巨大組織。


各国の貴族や王族すら利用していた存在。


それが一夜で消えた。


混乱しない方がおかしい。


「幸い、今のところ各国とも様子見の姿勢を取っております」


フィリアが静かに口を開く。


「教会が国家として動いた訳ではない、と判断しているのでしょう」


「だろうな」


アルベルトも頷く。


「我々冒険者ギルドも中立を貫く。どちらの肩も持たん。余計な口も出さん」


それが世界最大組織である冒険者ギルドの立場だった。


下手に介入すれば、均衡は一気に崩れる。


だからこそ、静観するしかない。


しばらく沈黙が流れる。


やがてアルベルトは、もう一枚の報告書を取り出した。


「だが、気になることが一つある」


「リリア・エル・セラフィナですか」


アルベルトは苦笑した。


「流石だ」


今回の首謀者。


リリア・エル・セラフィナ。


その名を見た瞬間、アルベルトは真っ先にフィリアを呼んでいた。


理由は単純。


勇者パーティー。


その元仲間だからである。


「フィリア」


「はい」


「お前はリリアをどう見ていた」


フィリアは少しだけ考え、静かに答えた。


「非常に優秀でした。戦闘能力だけではありません。命令には忠実で、冷静沈着。感情を表へ出すことも少なく、常に合理的な判断を下す人物でした」


「それが暗殺ギルドを滅ぼした」


「はい」


フィリアも理解できなかった。


「あのリリアが、個人的な感情だけで動くとは思えません」


アルベルトも同意する。


「だからこそ分からん。何があれば、あいつが教会の秘匿戦力……シスターズまで動員する」


フィリアは静かに報告書を閉じる。


「一つだけ、考えられることがあります」


「何だ」


「勇者様……神代美咲様が関わっている可能性です」


部屋が静まり返る。


アルベルトは目を閉じ、小さく息を吐いた。


「やはり、お前もそう思うか」


「はい」


勇者パーティーだった頃。


リリアは誰よりも神代美咲を慕っていた。


それは仲間全員が知っている。


「今回の理由が神代美咲様ならば、リリアは躊躇なく世界を敵に回します」


アルベルトは腕を組み、静かに考え込む。


「……だが、一つ妙な点がある」


「妙な点、ですか?」


「もし教会が本当に勇者を見つけたのであれば、もっと騒ぎになっているはずだ」


フィリアもその言葉で違和感に気付く。


聖王国サンクトゥス・セレスティアは何年もの間、今代の勇者を探し続けていた。


その悲願が叶ったのであれば、世界中へ触れ回ってもおかしくない。


しかし。


そんな動きはどこにもない。


「確かに……」


フィリアは静かに頷く。


「教会側から勇者様発見の発表はありません。それどころか、以前と変わらず捜索を続けているように見えます」


「そうだ」


アルベルトは低く呟く。


「つまり、教会は勇者を見つけていないのか。それとも、見つけていても公表できない事情があるのか」


どちらにしても辻褄が合わない。


リリアが動いた理由。


教会の沈黙。


勇者の行方。


全てが一本の線で繋がっているはずなのに、その最後の一本だけが見えなかった。


アルベルトは苦笑する。


「全く……勇者という存在は、姿を消してなお世界を振り回すらしい」


冗談のように笑う。


しかし、その目だけは笑っていなかった。


神代美咲。


現在は行方不明。


生存のみ確認されている元勇者。


そしてリリアがその居場所を知っているのなら。


世界は再び、大きく動き始める。


アルベルトは窓の外へ視線を向け、小さく呟いた。


「さて……今回は、どう転ぶかな」


中立を貫く冒険者ギルドは。


ただ静かに、世界の行く末を見守ることしかできなかった。


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