第五十六話 間話 王たちの会談
王城。
国王執務室。
国王は机へ積み上げられた報告書を前に、大きくため息をついていた。
「……次から次へと」
報告書の一枚を手に取る。
そこへ記されていた内容は、どれも同じだった。
暗殺ギルド壊滅。
本拠地。
各地方支部。
関連施設。
全てが同じ夜に襲撃され、一夜にして消滅したのである。
生存者は一人もいない。
「信じられん……」
国王は額へ手を当てた。
暗殺ギルド。
表向きには存在しない闇組織。
だが、裏社会では知らぬ者はいない巨大組織だった。
そして利用者の大半は貴族。
口には出さない。
しかし、政敵の排除や口封じなど、表沙汰にできない仕事を依頼する者は少なくなかった。
国王自身も存在を知っていた。
知っていて、黙認していた。
潰そうと思えば潰せた。
だが、裏社会の均衡を保つ意味でも、一つにまとまった暗殺組織が存在していた方が管理しやすかったため、あえて放置していたのである。
その均衡が、一夜で崩れ去った。
しかも。
「襲撃者は……聖国のシスターたちか」
報告書へ目を落とす。
純白の修道服。
教会直属。
そして中心にいたのは、一人だけ圧倒的な強さを持つシスター。
報告書にはその名まで記されていた。
リリア・エル・セラフィナ。
教会最強の処刑人。
悪魔殺し。
「何故、教会が暗殺ギルドを……」
理由が分からない。
だからこそ国王は即座に聖王国サンクトゥス・セレスティアへ書状を送った。
今回の件について説明を求めるためである。
◇◇◇
数日後。
聖王国サンクトゥス・セレスティア。
迎賓館。
円卓を挟み、二人が向かい合っていた。
一人は、この国の国王。
そしてもう一人は。
聖女。
セレスティア・ルクス・セラフィナ。
国王は早速本題へ入る。
「聖女殿。今回の件について、ご説明願いたい」
「暗殺ギルド壊滅の件ですね」
「その通りです」
国王は真っ直ぐセレスティアを見つめる。
「教会が暗殺ギルドを滅ぼした理由を伺いたい」
セレスティアは僅かに目を伏せ、小さく息を吐いた。
正直に言えば。
彼女自身が一番驚いていた。
まさかリリアが、暗殺ギルドそのものを滅ぼしてしまうとは思ってもいなかったのである。
(私も理由を聞きたいくらいです)
心の中でそう呟きながらも、表情には出さない。
「申し訳ございません。今回の件につきまして、私も詳細は把握しておりません」
「……何ですと?」
国王は思わず眉をひそめる。
「首謀者であるリリア・エル・セラフィナは、暗殺ギルド殲滅後、シスターズだけを帰還させ、自身は消息を絶っております」
「行方不明なのですか」
「はい」
セレスティアは静かに頷いた。
「現在も教会総出で捜索しておりますが、未だ所在は判明しておりません」
国王は腕を組み、考え込む。
「では、何故あのような行動へ出たのかも分からない、と」
「完全には分かりません」
セレスティアはそこで一度言葉を区切った。
「ですが、一つだけ心当たりがございます」
「何でしょう」
「リリアはシスターズを借り受ける際、このように申しておりました」
セレスティアは、その時の言葉をそのまま口にする。
「『同居人へ害をなそうとする害虫を駆除いたします』と」
国王は僅かに目を見開く。
「同居人?」
「はい」
「その人物は何者なのです?」
「……そこまでは私にも分かりません」
これは事実だった。
リリアは確かに「同居人」としか答えていない。
加護によって、その言葉に嘘がないことだけは確認できている。
「ただ」
セレスティアは静かに続ける。
「リリアほどの者が、自らの意思で行動を起こす理由になる人物です」
「それだけ特別な存在なのでしょう」
国王は深く息を吐いた。
暗殺ギルド壊滅。
その理由が、たった一人の『同居人』。
誰が予想できただろうか。
「……理解しました」
国王は静かに立ち上がる。
「少なくとも、今回の件は聖国が国家として起こした戦争ではない、と理解してよろしいですな」
「はい」
セレスティアも立ち上がり、深く一礼した。
「全てはリリア・エル・セラフィナ個人の判断によるものです」
国王はゆっくり頷く。
国家間の戦争ではない。
その一言だけで十分だった。
だが同時に、新たな疑問だけが残る。
リリア・エル・セラフィナが命を懸けて守ろうとする『同居人』とは、一体何者なのか。
その答えを知る者は。
今この世界で、リリアただ一人だけだった。
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