第五十話 狂信者の朝
暗殺者たちは目の前の光景に畏怖していた。
仲間が一人、また一人と血飛沫を上げて倒れていく。
それを行っているのは、一人のシスターだった。
神へ祈りを捧げ、人々を導くはずの存在。
それなのに。
「あははっ……♪」
リリアは笑っていた。
心の底から楽しそうに。
嬉しそうに。
まるで子供がお気に入りのおもちゃで遊んでいるかのような笑顔で、二本の銃剣を軽やかに振るい続ける。
ズバッ――。
一人の首が宙を舞う。
返す刃で腕が飛ぶ。
踏み込みと同時に胸を貫き、その勢いのまま振り抜けば、別の暗殺者の胴体が斜めに切り裂かれる。
返り血を全身へ浴びながらも、その笑顔は少しも曇らない。
その姿は神へ仕えるシスターではない。
神罰を執行する処刑人だった。
「ば、化け物……!」
暗殺者の一人が叫び、慌てて魔法陣を展開する。
「拘束しろ!」
幾重もの光の鎖がリリアへ向かって伸びる。
しかし。
キィンッ!!
リリアは交差させた二本の銃剣を軽く振るう。
その瞬間、拘束魔法そのものが真っ二つとなり、光の粒子となって霧散した。
「そんな馬鹿な!」
「あの片刃剣……対魔の力を持っているのか!?」
「魔法そのものが通じない!」
暗殺者たちの表情から余裕が消え失せる。
リリアは血に濡れた銃剣を肩へ担ぐと、柔らかな笑みを浮かべたまま首を小さく傾げた。
「お手洗いはお済みですか? 神様へのお祈りはなさいましたか? 部屋の隅で震えながら命乞いをするご準備は、お済みでしょうか? それでは、安心してください。すぐに神様のもとへお送りいたしますので」
その優しい口調とは裏腹に、暗殺者たちの背筋へ冷たい悪寒が走る。
逃げなければ。
本能がそう叫んでいた。
しかし、もう遅い。
リリアの姿が夜闇へ溶けるように消えた。
次の瞬間には、一人の暗殺者の首が宙を舞い、さらに別の一人は両腕を失い、その後ろにいた者は胸を貫かれて地面へ崩れ落ちる。
「ぐああぁぁっ!」
「た、助け――!」
「逃げろ!」
悲鳴が夜の村へ響く。
仲間が減るたび、残された暗殺者たちの心は折れていった。
そして、一人の男が震える声で呟く。
「俺たちは……とんでもない化け物に手を出してしまった……」
その言葉に返事をする者はいない。
生き残っている者は、ただ必死に逃げ惑うだけだった。
やがて最後の一人となった暗殺者は、満身創痍のまま地面へ倒れ込む。
リリアはその前へしゃがみ込み、血に染まった顔のまま優しく微笑んだ。
「申し訳ありません。私は尋問があまり得意ではないのです。ですから加減が分かりません。どうか、死なない程度に頑張ってくださいね」
その笑顔には一切の悪意はなかった。
本気で申し訳なく思っている。
だからこそ暗殺者は理解した。
この女は拷問を楽しんでいるわけではない。
本当に尋問をするためだけに手足を切り落とし、本気で死なないよう気遣っているのだ。
その常識の壊れ方こそが、何よりも恐ろしかった。
夜明けまで、その庭から悲鳴が消えることはなかった。
◇◇◇
翌朝。
カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ、ミサはゆっくりと目を覚ます。
「……ん」
眠そうに身体を起こした瞬間、部屋の異変に気付いた。
床にも壁にも夥しい血痕が飛び散り、この前修理したばかりの窓は無惨にも砕け散っている。
嫌な予感を覚えながら窓の外へ視線を向ける。
庭には激しい戦闘跡が残され、地面は抉れ、草木は切り裂かれ、至る所へ大量の血痕が残っていた。
そして。
庭の隅には。
首を失った暗殺者たちの遺体が、一列に綺麗に並べられていた。
「…………」
流石のミサも呆然と立ち尽くす。
あまりにも情報量が多すぎて、頭が追い付かない。
その時。
コンコン。
「勇者様、朝食ができました」
扉が開き、リリアが朝食を載せた盆を持って部屋へ入ってくる。
白いエプロン姿。
穏やかな笑顔。
昨夜あれだけの惨劇を繰り広げた人物とは思えないほど、いつも通りの様子だった。
「今日はスープを少し濃い目にしてみました。お口に合うと嬉しいです」
ミサはリリアと窓の外を交互に見比べる。
「……リリア」
「はい、勇者様」
「外のあれは、何ですか?」
リリアは不思議そうに首を傾げた。
「夜中に異教徒が勇者様を襲撃してきましたので、排除いたしました」
「…………」
あまりにも当然のような返答だった。
ミサはしばらく無言で庭を眺め続けると、深く、本当に深くため息を吐いた。
「……ガルドさんに、何て説明しましょうか」
静かな朝、その呟きだけが部屋へ小さく響いた。
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