第四十九話 狂信者の番犬
領主の忠告など、夫人の耳には届いていなかった。
屋敷へ戻った翌日、夫人は実家へ向かい、両親が持つ裏社会との繋がりを利用して、一つの依頼を出す。
依頼内容は極めて単純。
――ミサという冒険者ギルド受付嬢の暗殺。
「相手は平民の少女ですわ。多少腕は立ちますが、不意を突けば問題ありません」
暗殺ギルドの受付では多少の揉め事こそあった。
平民一人を暗殺するにしては依頼金が異様に高額だったこと、そして依頼人が領主夫人本人だったことから担当者も何度か確認を取ったのである。
それでも夫人の意思は変わらない。
莫大な報酬を前に、暗殺ギルドも最終的には依頼を受理した。
その頃。
ギルドでは決闘騒ぎが少し話題になった程度で、大きな事件も起きず平和な日々が流れていた。
ミサもいつも通り受付業務を終え、依頼書を整理し、戸締まりを確認するとガルドへ一礼して帰路につく。
家へ帰れば、夕食の支度を終えたリリアが待っていた。
「お帰りなさいませ、勇者様」
「ただいま、リリア」
短いやり取りを交わし、二人で静かに夕食を取る。
食後は後片付けを済ませ、戸締まりを確認し、それぞれ寝室へ向かう。
いつもと変わらない一日。
誰もがそう思っていた。
そして夜。
村中が静寂に包まれ、人々が深い眠りについた頃。
ミサの部屋へ、一つの黒い影が音もなく忍び寄っていた。
窓の鍵を外し、わずかな隙間から侵入する。
呼吸すら消し去るような身のこなし。
暗殺ギルドでも上位に数えられる暗殺者だった。
ベッドで眠るミサを確認すると、ゆっくりと腰のナイフを抜き放つ。
一撃。
それだけで依頼は終わる。
ナイフを大きく振り上げ、そのままミサの心臓目掛けて振り下ろした。
ガキィィン!!
「なっ!?」
金属同士が激突したような甲高い音が部屋へ響く。
ナイフはミサへ届かず、目の前で何かに阻まれていた。
「こ、これは……結界!?」
暗殺者が異変へ気付いた、その瞬間だった。
ズバァッ!!
ベッドの下から二本の銃剣が交差するように振るわれ、暗殺者の両脚を膝から先ごと切断する。
「ぐあああぁぁぁっ!!」
鮮血が部屋中へ飛び散り、暗殺者は床へ転がった。
そのベッドの下から、一人の少女がゆっくりと這い出てくる。
シスター服。
銀髪。
黄金色の瞳。
リリア・エル・セラフィナだった。
リリアは虫でも見るような冷たい目で暗殺者を見下ろすと、銃剣へ付着した血を軽く払う。
「いいですか? 暴力を振るって良い相手は悪魔と異教徒共だけです」
暗殺者は顔を歪める。
身辺調査は済ませていた。
ミサの家にはシスターが一人いる。
奴隷の首輪。
魔力封じの枷。
危険性なし。
報告書にはそう記されていた。
しかし。
目の前にいる女は何だ。
魔力を封じられているはずなのに、部屋一帯へ結界を展開している。
「ば……馬鹿な……魔封じの枷が……」
リリアは自らの両手足へ嵌められた枷を眺め、小さく微笑む。
「これですか? こんなおもちゃでは私は縛れませんよ?」
暗殺者は息を呑む。
部屋中でこれだけ騒いでいる。
家具も倒れ、血まで飛び散っている。
それなのに。
ベッドで眠るミサは寝返り一つ打たない。
「何故……起きない……」
「防音結界も張っていますから」
リリアは当然のように答える。
「勇者様のお休みを妨げる者は、私が許しません」
その笑みは優しい。
だが暗殺者には、悪魔よりも恐ろしく見えた。
生きて帰らなければ。
その一心で窓へ飛び込み、そのまま外へ転がり落ちる。
リリアも迷うことなく窓から飛び降りた。
家の周囲では十数名の暗殺者たちが待機していた。
仲間が両脚を失い、血だらけになって逃げてきた姿を見て、その場の空気が一変する。
「ターゲット以外だ!」
「女も始末しろ!」
「暗殺対象追加だ!」
指揮役の一声で全員が武器を抜く。
リリアは二本の銃剣を静かに構えた。
刀身を交差させ、十字架を描く。
そして静かに祈りを捧げる。
「我らは神の代理人。神罰の地上代行者。我らが使命は、我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも殲滅すること―――Amen」
祈りが終わる。
その瞬間。
リリアの姿が夜闇から消えた。
次の瞬間には暗殺者の一人が胴体を斜めに切り裂かれ、そのまま崩れ落ちる。
悲鳴が響く。
さらにもう一人。
また一人。
夜の村で、狂信者による粛清が静かに始まった。
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