第四十六話 躾という名の決闘
応接間へ場所を移したミサたちは、改めて席へ着くと静かな空気の中で話し合いを始めた。領主は胃が痛そうな表情で椅子へ腰掛け、夫人は真正面からミサを見据え、護衛二人は壁際で待機する。部屋の空気は最初から重苦しく、互いに譲る気がないことだけは誰の目にも明らかだった。
ミサは持参していた鞄から一枚の書類を取り出し、机の上へ静かに置く。
「まず最初に申し上げますが、今回わたくしが動いた理由は領主様から依頼を受けた訳ではありません。正式な依頼人はエリナお嬢様であり、その依頼内容については既に守秘契約を締結しております」
夫人は契約書を手に取り、最後まで目を通していく。その内容には依頼人と受注者双方が依頼内容、目的、資金用途を一切第三者へ漏らさないことが明記されていた。
「つまり、この契約を理由に何も話せないということですの?」
「はい。依頼内容はもちろん、資金の使用目的についても契約違反となりますのでお答えできません」
夫人は契約書を机へ置き、静かに目を閉じる。
領主家を預かる立場からすれば到底納得できる話ではなかった。留守にしている間に娘が一介の冒険者ギルド受付嬢へ莫大な資金を預け、その用途までも完全に秘匿されているのである。
やがて夫人はゆっくりと立ち上がった。
「護衛、この者を拘束しなさい」
護衛二人は互いに顔を見合わせると、揃って首を横へ振った。
「申し訳ありません。我々では敵いません」
「敵に回す相手ではございませんので、その命令だけはお受けできません」
「何ですって? あなた方は誰の護衛ですの!」
「承知しております。しかし命は一つしかありません」
完全な降伏宣言だった。
領主は慌てて間へ割って入る。
「だから落ち着けって! この子は悪い子じゃないんだ!」
「あなたは黙っていてください」
「……はい」
一瞬で口を閉じる領主を見て、ミサは小さく息を吐いた。
話し合いは決裂した。
夫人は怒りを隠そうともせず、ミサを真っ直ぐ見据える。
「これ以上話しても無駄ですわね。平民が貴族へ逆らうというのであれば、その身をもって躾けて差し上げます」
「決闘、ということですか」
「ええ、決闘ですわ」
「……愚かな選択を」
「何とおっしゃいました?」
「いえ、決闘を受けます」
その一言で決着はついた。
場所は冒険者ギルド裏にある訓練場。
決闘の話は瞬く間にギルド中へ広がり、多くの冒険者が何事かと集まってくる。ガルドは腕を組みながら深くため息を吐き、領主は今にも倒れそうな顔で頭を抱えていた。
一方の夫人は自信に満ち溢れていた。
王都アカデミー在学中、優秀な魔法使いとして数々の実績を残し、卒業後には宮廷魔導士候補とまで言われたほどの実力者。その誇りがあるからこそ、一介の受付嬢など魔法の一撃で終わると信じて疑わなかった。
「始めますわ!」
炎槍が何本も空中へ生み出され、一斉にミサへ向かって放たれる。
しかしミサはその場から一歩も動かず、右手の人差し指を静かに前へ差し出した。
スッ――。
たったそれだけの動作だった。
炎槍は一本残らず中央から綺麗に真っ二つとなり、そのまま空中で霧散していく。
訓練場が静まり返る。
「……え?」
夫人の口から思わず声が漏れた。
理解できない。
何をされたのか。
何が起きたのか。
その場にいた誰一人として分からなかった。
――ガルドを除いて。
腕を組んだまま戦いを見守るガルドだけは、小さくため息を漏らす。
「そこまで身体が限界なら、その技を選んだか」
ミサはここ最近、悪魔との戦闘、リリアとの死闘、そして《Self Acceleration》による内臓損傷と立て続けに命懸けの戦いを続けていた。そのため身体は未だ完全には回復しておらず、激しい近接戦闘を行えば再び倒れかねない状態だった。
だからこそ選択した。
右手の人差し指へ極限まで薄く魔力を展開する技。
かつて一人の騎士が到達した『剣断ち』。
その技術をさらに昇華させ、剣すら不要とした完成形である。
髪の毛より細く、目視はもちろん、魔力感知でも相当集中しなければ知覚できないほど薄く展開された魔力刃は、飛来する魔法術式そのものを構成ごと切断してしまう。Bランク級の実力者では見破ることすら難しく、この場でその正体へ気付いているのはガルドだけだった。
そんなことを知る由もない夫人は歯を食いしばり、次々と魔法を放つ。
炎。
風。
雷。
氷。
属性を変え、威力を上げ、数を増やしながら一切の手加減なく連発するが、その全てが紙を切るように真っ二つとなって消えていく。
「まだですわ!」
怒りのまま杖へ膨大な魔力を流し込むと、巨大な魔法陣が上空へ展開され、その中心から炎で形作られた一頭の竜が姿を現した。熱風だけで周囲の空気が揺らぎ、訓練場全体が灼熱に包まれる。
「ドラゴン・フレイム!」
咆哮と共に炎竜が一直線にミサへ襲い掛かる。
しかしミサは避けることも構えることもせず、ただ人差し指をゆっくりと横へ払った。
スッ――。
その瞬間、炎竜の額から尾の先まで一本の線が走り、巨大な身体は左右へ綺麗に分断される。断面から魔力が霧のように零れ落ち、上級魔法は形を保つことなく粒子となって消滅した。
訓練場を完全な静寂が支配する。
誰もが息を呑み、言葉を失う中、夫人だけが震える手で杖を握り締めながら、目の前に立つ受付嬢を信じられないものを見るような目で見つめていた。




