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第四十二話 後始末

リリアとの戦闘が終わった。


森には静寂が戻る。


ガルドは倒れたリリアを警戒しながら、ミサへ近付いた。


「終わったか」


ミサは頷く。


しかし、その場から動こうとはしなかった。


「……まだ動けません」


「術式か?」


「はい」


『Self Acceleration』


それはミサ自身が編み出した切り札。


肉体。


思考。


知覚。


反射。


その全てを限界以上まで加速させる禁じ手。


その代わり。


解除されるまでは強制的に身体を動かし続ける。


途中で解除することもできない。


ミサはその場に腰を下ろし、静かに目を閉じた。


数分。


静かな時間が流れる。


やがて。


身体を包んでいた魔力がゆっくりと消えていく。


術式が解除された。


その瞬間だった。


「……っ!」


ゴホッ!!


ミサは大量の血を吐いた。


真っ赤な血が地面を濡らす。


身体が大きく揺れる。


「おい!」


ガルドが慌てて支える。


ミサは苦しそうに呼吸を整えながら、小さく笑った。


「やっぱり……来ましたか」


「内臓が……少しやられましたね」


ガルドは顔をしかめる。


「あれだけの戦いだ」


「何かしら代償は来るとは思ってたが……予想以上だな」


ミサは苦笑する。


「自己加速は肉体の限界を無視して動く術式ですから」


「身体が耐え切れなかったみたいです」


幸い命に別状はない。


自己回復能力も働いている。


だが数日はまともに動けそうになかった。


ガルドはため息を吐き、視線をリリアへ向ける。


地面には気絶したままのシスター。


「で、こいつはどうする?」


ミサも視線を向ける。


リリアをこのまま協会へ返す。


そんな選択肢は無かった。


また同じことを繰り返すだけだ。


だからといって殺すこともできない。


「拘束しましょう」


ミサが答えた。


「ギルドに保管してある物がありますよね?」


「ああ」


ガルドも思い出す。


過去に犯罪組織から押収した奴隷の首輪。


そして犯罪者を拘束するための魔封じの枷。


現在は証拠品としてギルドで保管されている。


二人は一度ギルドへ向かい、保管庫からそれらを持ち出した。


ガチャリ。


まず首へ奴隷の首輪を装着する。


続いて両手。


両足。


魔封じの枷を取り付ける。


これで魔法は使用できない。


身体能力も大きく制限される。


「これでよし」


ガルドが確認する。


リリアはまだ眠ったままだ。


「問題はこの後だ」


「そうですね」


ミサも頷く。


「私もしばらく動けません」


「それに……リリアの存在を知られる訳にもいきません」


協会直属の強化人間。


そんな存在がこの村にいると知られれば大騒ぎになる。


ガルドも同意した。


「だったら一番安全なのは……」


「私の家ですね」


一人暮らし。


人目につかない。


しばらく寝込む予定でもある。


ガルドは肩を竦めた。


「決まりだな」


こうしてミサは療養のため自宅へ戻り、リリアもまた誰にも知られることなくミサの家へ運び込まれた。


◇ ◇ ◇


数時間後。


リリアはゆっくりと瞼を開く。


知らない天井。


見慣れない部屋。


首に付けられた奴隷の首輪。


両手足には魔封じの枷。


状況を確認しようと身体を起こした瞬間。


「起きたか」


部屋の隅から声が響く。


木の椅子に腰掛けたガルドが腕を組み、リリアを見ていた。


その姿を見た瞬間。


リリアは猫が威嚇するように全身の毛を逆立てる勢いで身構え、鋭い視線を向ける。


「勇者様はどこですか」


その一言だけだった。


ガルドは面倒そうに親指で二階を指す。


「上だ。寝てる」


それを聞いたリリアは警戒を解くことなく階段を駆け上がる。


二階へ着くと、まず目に飛び込んできたのは大きく壊れた窓だった。


割れた窓枠から夜風が吹き込み、その奥のベッドではミサが苦しそうな寝息を立てながら眠っている。


その姿を確認した瞬間、リリアの表情がわずかに柔らぐ。


後ろからゆっくりと階段を上ってきたガルドが口を開いた。


「いくつか制約を付けてある。勝手に家から出るな。暴れるな。ミサに危害を加えるな。それさえ守るなら、お前はここでミサの看病をしてろ」


それだけ言い残し、ガルドは階段を降り、そのまま家を後にした。


静まり返った家の中。


残されたリリアはゆっくりとベッドへ近付く。


苦しそうな寝息を立てながら眠るミサ。


その顔を見た瞬間、それまで張り詰めていた警戒心が嘘のように解けていく。


「……勇者様」


そっと頬へ触れる。


熱はまだ高い。


リリアは濡れた布を額へ乗せ直し、小さく微笑んだ。


「安心しました」


そう呟くと、靴を脱ぎ、何の迷いもなくベッドへ上がる。


猫が主人の寝床へ潜り込むように、ミサを起こさないよう慎重に布団へ入り、その隣へ身体を丸めた。


ぎゅっとミサの腕を抱き寄せ、頬をそっと肩へ寄せる。


「今日は……ここで、お守りします」


安心しきった表情で目を閉じるリリア。


先程までガルドへ牙を剥いていた狂犬のような姿はもうない。


今の彼女は、主人の傍で眠る一匹の猫のようだった。


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