第三十七話 狂信者の祈り
「本当に勘弁してください!」
ミサは全力で駆ける。
背後から聞こえてくるのは足音。
いや。
もはや突撃音だった。
ドゴン!!
木が一本吹き飛ぶ。
「ちょっ!? 森を破壊しながら追い掛けて来ないでください!!」
返事は無い。
いや。
正確にはあった。
リリアは銃剣を構えながら。
どこか恍惚とした表情で祈りを捧げていた。
「我らは神の代理人」
ズドンッ!!
地面が抉れる。
「神罰の地上代行者」
バキバキバキッ!!
木々がなぎ倒される。
「我らの使命は我が神に逆らう愚者を」
ミサは全速力で逃げる。
嫌な予感しかしない。
というか。
勇者パーティー時代にも何度か聞いた。
聞いたことはある。
だが。
その時は悪魔相手だった。
今は違う。
標的が自分だった。
「その肉の最後の一片までも絶滅すること───」
リリアの瞳が見開かれる。
そして。
満面の笑みで叫んだ。
「A M E N」
ドゴォォォン!!
衝撃波がミサの横を通り抜ける。
「アーメンじゃないんですよぉぉぉぉ!!」
ミサは悲鳴を上げながら逃げる。
完全に狂犬だった。
そんなことを考えていると。
前方に数人の冒険者が見えた。
依頼帰りだろう。
獲物を背負っている。
「お?」
「ミサさん?」
「どうしたんですか?」
ミサは叫んだ。
「ナイフ貸してください!!」
「はい?」
冒険者たちは固まる。
当然だ。
意味が分からない。
「いいから貸してください!!」
「いや、急に言われても──」
「貸さないと死にますよ!?」
その瞬間。
リリアが追い付いた。
「勇者様ぁぁぁぁ!!」
轟音。
リリアとミサが真正面から激突する。
ガギィィィィィン!!
衝撃波が周囲へ炸裂した。
冒険者たちは吹き飛ばされる。
木へ叩き付けられ。
そのまま意識を失った。
「相変わらずですね……リリア・エル・セラフィナ」
ミサが呟く。
勇者パーティーの神官。
聖国直属。
悪魔殺しの切り札。
リリア・エル・セラフィナ。
彼女は普通の人間ではない。
聖国が生み出した兵器だった。
悪魔を殺すためだけに作られた強化人間。
生まれた時から感情はなく。
笑うことも。
泣くことも。
怒ることも。
何も知らなかった。
ただ命令に従い。
悪魔を殺すだけの人形。
それがリリアだった。
そんな彼女に。
愛情という感情を教えたのは誰だったのか。
今代の勇者ーーーミサだった。
旅の途中。
仲間として接し続けた。
人として扱い続けた。
その結果。
空っぽだった器に感情が芽生えた。
本来なら喜ぶべきことだった。
だが。
その感情は。
あまりにも大きく育ち過ぎてしまった。
ガギィィ!!
銃剣が振るわれる。
ミサはナイフで受け流す。
だが状況は最悪だった。
リリアの銃剣には対魔術式が施されている。
魔装は無効。
纏いも無効。
使えるのは身体強化だけ。
「本当に面倒ですね!」
ミサは身体強化だけで応戦する。
しかし武器の差は大きかった。
ザシュッ。
肩が裂ける。
ザッ。
太腿を切られる。
ザシュ。
脇腹から血が流れる。
少しずつ。
確実に傷が増えていく。
「勇者様!」
リリアが嬉しそうに笑う。
「ちゃんと痛いですか!?」
「痛いですよ!?」
「良かったです!」
「何が良かったんですか!?」
会話が成立しない。
本当に成立しない。
「勇者様」
「一緒に帰りましょう」
「嫌です」
「大丈夫です」
「何がですか」
リリアは心底嬉しそうに微笑む。
頬を赤く染め。
うっとりとミサを見つめる。
「私と愛を育みましょう」
数秒。
沈黙。
ミサの思考が停止する。
「……はい?」
聞き間違いであって欲しかった。
だが。
リリアは真顔だった。
「勇者様が教えてくれたんです」
「愛することを」
「誰かを大切に想うことを」
「誰かと一緒にいたいと思うことを」
「だから今度は私が勇者様を幸せにします」
「結構です」
即答だった。
「遠慮しないでください」
「遠慮じゃありません」
「愛し合いましょう」
「嫌です」
「結婚しましょう」
「嫌です」
「子供は何人欲しいですか?」
「話が飛躍しすぎなんですよ!?」
リリアは不思議そうに首を傾げる。
「何か問題でも?」
「ありますよ!?」
ミサは即座に叫ぶ。
「そもそも私もリリアも女でしょうが!!」
当然のツッコミだった。
だが。
リリアは数秒考え込んだ後。
にっこりと微笑んだ。
「勇者様なら問題ありません」
「問題大ありです!!」
「神もきっと祝福してくださいます」
「神様を巻き込まないでください!!」
「では子供は養子にしましょう」
「何でそこだけ現実的なんですか!?」
ミサは全力で叫ぶ。
だが。
リリアは本気だった。
冗談でも。
からかいでもない。
心の底から真剣だった。
「勇者様」
リリアが再び銃剣を構える。
頬を赤く染めながら。
幸せそうに。
そして。
とんでもないことを口にした。
「その手足は邪魔なので切り落としましょう」
数秒。
沈黙。
ミサの思考が再び停止する。
「…………はい?」
「そうすれば逃げられません」
リリアは満面の笑みだった。
「毎日お世話します」
「食事も食べさせます」
「お風呂も手伝います」
「お着替えも私がします」
「だから安心してください」
「安心できる要素が一つも無いんですよぉぉぉ!!」
ミサは全力で叫んだ。
目の前の女は。
本気だった。
愛しているから。
大切だから。
傷付けたくないから。
だから手足を切り落とす。
そんな狂った理屈を。
一切疑問に思っていない。
「勇者様」
リリアは恍惚とした表情を浮かべる。
「ずっと一緒です」
「嫌です!!」
「永遠に」
「もっと嫌です!!」
「誰にも渡しません」
「物みたいに言わないでください!!」
ガギィィィン!!
銃剣が振るわれる。
ミサは慌てて受け止める。
火花が散る。
本気で命の危険を感じていた。
悪魔。
魔王。
古竜。
そんな化け物たちと戦ったことはある。
だが。
今ほど恐怖を感じたことは無かった。
目の前にいるのは。
世界を救った勇者パーティーの仲間。
そして。
世界で一番厄介な狂信者だった。




