第三十六話 再会
ミサが国営カジノを潰してから、ひと月。
季節は少しずつ移り変わり始めていた。
その日も。
特に大きな依頼は無く。
冒険者ギルドは平和そのものだった。
「それじゃ、お疲れ様です」
「おう」
ガルドへ軽く手を振り。
ミサはギルドを後にする。
いつもの帰り道。
いつもの村の風景。
人通りも少なくなり始めた時間帯だった。
そして。
前方から一人のシスターが歩いてくる。
純白の修道服。
見覚えのある顔。
その姿を見た瞬間。
ミサの足が止まった。
「……リリア?」
ぽつりと。
かつての仲間の名前を呟く。
元勇者パーティーの神官。
旅を共にした仲間。
だが。
再会と呼ぶにはあまりにも異様だった。
「……」
シスター――リリアは何も答えない。
ただ。
こちらを見ている。
じっと。
微動だにせず。
その瞳は濁っていた。
焦点が合っていない。
かと思えば。
次の瞬間には異様なほど見開かれる。
そして。
口元だけがゆっくりと吊り上がる。
「ふふっ……」
笑う。
「ふふふふっ……」
また笑う。
まるで。
壊れた人形のように。
ミサの背筋を嫌な汗が伝った。
「……何があったんですか?」
返事は無い。
代わりに。
ぎこちない動きで一歩前へ出る。
カクン。
首が不自然な角度に傾く。
そしてまた笑う。
「見つけた」
ぽつり。
「見つけた」
もう一度。
「見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた見つけた」
壊れたレコードのように同じ言葉を繰り返す。
ミサは表情を険しくした。
完全に様子がおかしい。
いや。
おかしいどころではない。
狂っている。
「リリア」
呼び掛ける。
しかし。
リリアは聞いていない。
その目には。
もうミサしか映っていなかった。
「勇者様」
嬉しそうに。
心の底から嬉しそうに。
リリアが笑う。
「やっと見つけました」
「……」
「探したんですよ」
「王都も」
「地方都市も」
「遺跡も」
「村も」
「全部」
一歩。
また一歩。
近付いてくる。
「今度は」
「もう」
「逃がしません」
その瞬間。
リリアの両袖から二本の銃剣が滑り落ちる。
かつて勇者パーティー時代に使用していた武器。
神殿特製の退魔武装。
そして。
悪魔を殺すだけの為に作らせた疑似聖剣。
刃にはびっしりと対魔術式が刻まれていた。
魔力を断ち切り。
魔装を無効化する。
つまり。
ミサの最大の武器を封じるための装備だった。
「はぁ……」
ミサは深くため息を吐く。
最悪だった。
ここまで来ると冗談では済まない。
「神殿は何を考えているんですか……」
返事は無い。
代わりに。
リリアの身体が前へ傾く。
そして。
壊れた人形のように。
何の前触れもなく。
何の躊躇もなく。
地面を蹴った。
「勇者様ぁぁぁぁぁ!!」
爆発的な加速。
一直線。
両手の銃剣を振り上げる。
ミサは反射的に後方へ飛び退く。
次の瞬間。
先程まで立っていた場所が抉れた。
「いきなりですか!?」
返事は無い。
リリアは止まらない。
表情は笑顔。
目は完全に狂気。
口元からは嬉しそうな笑い声が漏れている。
「ふふっ」
「ふふふふっ」
「捕まえたら」
「もう離しませんから」
その言葉に。
ミサは本気で逃げたくなった。
悪魔の大群と戦う方がまだ気楽だ。
少なくとも。
会話は成立する。
だが。
目の前の女は違う。
話が通じない。
そして何より。
本気で殺す気でいた。
「本当に勘弁してください!」
その夜。
静かな村の外れで。
元勇者と狂信者の追いかけっこが始まった。




